自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2011/11/07
< 2011年度第3回民族大移動 >
何度も目にした光景です。そのたびに感じます。何故?これだけの量の不用品が一体どこから出てくるのか?部屋替えも大変ですが、その後の作業に一番時間がかかっているのではないでしょうか。約40名の男たちが一丸となって、リサイクルに励みます。リサイクルと言えば聞こえはいいですが、再利用できるものはほとんどありません。明らかなゴミか誰もいらない雑誌やノート、誰のものか分からないセンスのない服、相方のいない靴下。一体誰が再利用できるのでしょうか?それらはすべて黄色のゴミ袋の中に詰め込まれていきます。
不要なものが無くなった部屋替えしたばかりの部屋はすっきりしています。でもそれも日に日に物が増えてくるのは何故でしょうか?必要な物が増えるのは仕方のない事ですが、それは本当に必要な物でしょうか?中には空のペットボトルをコレクション?している者もいます。使ったティッシュをコレクションしている者もいます。違います。ただゴミ箱に捨てるのが面倒なだけです。それがたまりにたまっていくわけです。
今回の民族大移動も大変なのは移動した後。君たちがこれをゆっくり読むときにはすべて終わっているんだろうか?いや、そうあるべきなんです。そして再び次の移動で同じことを感じるのだろうか?歴史は繰り返される。これを断ち切るには一体どうしたらいいんだろうか?誰かこの悩みに知恵を貸してください。
ちなみに女子寮はたったの数時間で終了するらしいです。ゴミもほとんど出ないみたいです。あり得ないです。だから女子寮の部屋替えは別に大移動ってほどでもないみたいです。その代わり違った戦いがあるのかもしれません。それはさておき、いったい何が違うんでしょうか?間違いなく普段からの取り組みを見習わなければなりません。
これは単に男性と女性の違いだけではありません。女子寮では汚くしていると周りから注意されるんです。これが大切です。周りにいる仲間がお互いに注意し合えば、「まあいいか」で終わっていることはなくなるはずです。
もう一歩さらなる高みを望むならば、いつでも綺麗な大望館を目指し、誰もが気持ちよく過ごせる館づくりをしていきましょう。
(澤野)
<季節の変わり目>
未だ日中はTシャツ一枚で過ごせる陽気にありますが、いつの間にか11月に入りました。今週は気温が急に下がるとの予報も出ています。確実に冬へと一歩ずつ進んでいます。
大阪で生まれ育った私にとって、新潟の冬はちょっぴり楽しみでした。何がって、雪です。新潟で生まれ育った私の妻はその雪が何より苦痛みたいです。でも何年か新潟で過ごすようになりその思いがわかるようになりました。雪が降るたびに雪かきをしなくてはならないその労力。妻の生まれた上越では雪かきではなく、雪ほりと呼びます。何度か雪かきボランティアに行きましたが、その意味がよくわかります。かいていられる量の雪ではないんです。掘り起こして、掘り起こして雪をどかさなければならないんです。屋根の雪も掘り起こして落としていくんです。毎日トレーニングに励んでいる私でさえ、腕がパンパンになりました。そりゃ雪が嫌にもなります。しかも今年は被災地の事を思えばなおさらのことです。
それだけではありません。日本海側の冬は晴れる日がほとんどありません。晴れ間は時々出ますが、そんな時はすぐに雷が鳴って、あられが降ってきて、雪になって、雨が降って・・・。一日で一週間分ぐらいの天気の変化があります。でも、晴れません。いつも空はどんより、なんだか気分もどんより。
そんな冬が今年もまた来ようとしています。
しかし、この季節の変わり目。悪い事ばかり待っているわけではありません。何故か季節の変わり目に恋の花が咲き始めます。どんよりとした冬なのに、咲いた恋の花のおかげでハッピーに過ごせる人がわが大望館にも何人かいます。かといって、いつまでもその花が咲いているわけでもないんです。次の季節の変わり目に散ってしまうかもしれません。せっかく春がやって来るのに心には遅れてやって来る冬。そんな心の冬に備えを成しておくのも大事な事なのかも・・・。
でもそんな人も大丈夫。中にはたった一週間で花が散り、相手の彼女は元彼と・・・。そんなびーんず君の姿を見れば心強くされるはずです。
(澤野)