自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2026/10/20NEW!
【聖書:ヨハネによる福音書 13章 7節】
イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。
卒業生のわたしにとっても、この体育館には多くの思い出がある。入学式や卒業式、毎朝の礼拝、部活動など、高校生活のさまざまな場面が思い起こされる。
高校時代には、剣道部での挫折から学校を辞めたいと思ったこともあった。しかし、担任の先生やラグビー部の先輩たちとの出会いによって支えられ、新たな道を歩むことができた。当時は、その経験が自分の人生にどのような意味を持つのかわからなかったが、長い年月を経た今、その大切さに気づかされている。
ヨハネによる福音書13章には、イエスが弟子たちの足を洗う物語が記されている。師であるイエスが自分の足を洗うことを理解できないペトロに、イエスは「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と語られた。
ドイツ語で礼拝を意味する「Gottesdienst」には、神への奉仕という意味がある。しかし、キリスト教の礼拝理解には、神が人間に仕えてくださるという側面もある。わたしたちは神を見ることができず、その働きに気づかないことも多い。しかし、毎朝の礼拝を通して、神はわたしたちに語りかけてくださっているのではないだろうか。
イザヤ書46章4節には、神が人間を背負い、支え、救い出してくださるという約束が記されている。「砂の上の足跡」という詩も、人生の最も苦しい時にこそ、神が人間を背負ってくださっていたことを伝えている。
人生には苦しみや悲しみ、孤独や絶望を経験する時がある。しかし、私たちが気づかない時にも、神は私たちを支えてくださっている。
今は毎朝の礼拝の意味がわからなくても、いつか、その意味に気づく時が来るかもしれない。わたしたちが神の働きを理解するよりも先に、神はわたしたちに語りかけ、仕えてくださっている。どのような困難の中にあっても、わたしたちは一人ではない。そのことに希望を見いだしながら、毎朝の礼拝を大切にしていきたい。