のぞみ寮通信

大望館

2011/10/17

大望館通信 第179号(10月16日)

<敬和でのまなび>
 

 第3定期テストお疲れさまでした。いつもの事ですが、テスト前はほとんどのメンバーが真剣になって机に向かいます。テスト前の光景を見ると、まるで受験を目前にした高校生の姿を映したテレビのワンシーンみたいです。これをもう少し前からやってくれれば、せめてあと3日早ければ・・・。そんな思いをいつも抱いています。それでもテスト前の真剣な君たちの姿は、色んな所で私は自慢しているんです。
 さて、受験というキーワードを使わしてもらいましたが、この言葉を見てちょっとドキッとさせられる3年生が何人かいるのではないでしょうか?そう、なんたって君たちはまさに受験生なわけですからそうなって当たり前です。むしろそうならなければならないんです。ただ他の学校とは違うところがあります。
 センター試験って聞いたことありますよね。他の受験生の多くはこのセンター試験に向けて、コツコツと机に向かうわけです。いわゆるガリ勉君は幼少の頃から、その人生のほとんどを机に向かう事に費やすわけです。そして、このセンター試験で少しでも名のある大学に合格するために、究極は東京大学を目指して、子どもの頃から遊ばずに勉強してくるわけです。そんな人たちから君たちの今の生活を見てみるとあり得ない光景でしょう。彼らの18年間の人生は椅子と机とペンと参考書が相棒なわけです。
 それに比べ君たちはどうでしょうか?今年、大望館からセンター試験を受ける者はだれ一人としていません。というより、私が見てきた大望の受験生でセンター試験を受けたのは過去にただ一人だけです。高校生活は「自分探し」に没頭します。そのために色んなことに一生懸命になります。特にフェスティヴァルと呼ばれる行事への情熱は半端じゃありません。クリスマスを迎える12月には讃美歌発表会なんてものもあります。高校生にもなってクラス一丸となって合唱するわけです。これら行事のために多くの時間を費やします。机に向かって勉強している場合じゃございません。
 家(寮)に帰ってきても一人じゃありません。落ち着いて机に向かう時もありますが、すぐに仲間が声をかけてきます。バカ笑いします。ケンカもします。嫌いになっても離れる事が出来ません。君たちの相棒は間違いなく“あいつ等”です。
 そんな生活をしている3年生が只今お受験真っ盛りです。寮生の多くが、推薦で受験をします。敬和学園の教育に賛同してくれる多くの大学や専門学校が特別に枠を用意してくれます。枠を用意してくれるからと言って、そこに名前を書けば合格というわけではありません。自分の事をアピールしなくてはならないんです。まずは推薦をしてもらうために校長にアピールしなくてはなりません。晴れて推薦をもらえたら、次は進路先にアピールしなくてはなりません。その時に寮生であるという事が何よりの強みであるという事を知るはずです。
 敬和学園は珍しい学校です。全校生徒の約3分の1が寮生で、しかもその寮も教育する場であるというのです。そんな寮のある学校が他にあるでしょうか?
 この“他にはない”が何よりの魅力になるんです。そして、君たちは通生には感じることができないことを多く感じ、学べないことを多く学んでいます。しかも、敬和です。それを書けばいいんです。今、3年生達は敬和学園で、のぞみ寮大望館で自分がどれだけ成長したのか?言葉にかえています。
 敬和学園の受験生の多くは、いわゆる推薦という受験で進学することは前にも書きましたが、推薦と言っても色んな推薦があります。また、最近ではほとんどの大学がAOという受験の方法も取り入れています。どちらも、願書と一緒に多かれ少なかれ文章を添えなければなりません。それが進路先に自分をアピールすることにかわります。そこで、君たちは“他にはない”魅力を書くことができるんです。これって、何よりもアピールになるんです。
「高校生活で学んだこと」なんてお題があったとしたら、みんなは何を書きますか?書ききれないくらい、いっぱい言葉が出てくるんじゃないでしょうか?そんなお題が無くても、自分をアピールする文章の中に、高校で成長したことを書けばいいんです。そこに間違いなく寮の事は出てくるでしょう。これが君たちにしか書くことのできない特権になるんです。
また、面接から帰ってきた人に「何聞かれた?」って聞くと、「寮の事いっぱい聞かれました」って答える人も少なくありません。私はそれを聞かれたという事は面接バッチリやなって思う事が出来ます。
そして何よりうれしいのは、出来上がったアピール文を読んだ時です。自分の成長を一生懸命言葉にした文章には、私たちが本当に学んでほしかったことが多く語られています。その時心から思います。机に座っているだけでは得られない、本当の勉強を君たちがしているんだなあという事を。
敬和学園のぞみ寮大望館でしか感じることのできない学びを通してビッグな人間に成長してほしいものです。

(澤野)
 

 
 
 
 

< のび太と勉強について >
 

 先週は2日に続き、B君に変わって礼拝のお話をしましたね。クドいようですが、改めて文章にしてみます。
 ドラえもんの最終回には、いくつかの話があると言われています。その一つを紹介します。
 ある日突然、ドラえもんが動かなくなります。困ったのび太はいろいろ考え、ドラミちゃんに相談しに行きます。すると動かない原因が電池切れと分かります。しかし、電池を交換すると今までのドラえもんの記憶メモリーがリセットされてしまうことも分かりました。そこでのび太は、自分がドラえもんを治すと言い放ったのです。それから数年がたち、婚約者の静香ちゃんを研究室に呼んで立ち会ってもらい、再びドラえもんが記憶もそのままに動き出しました。という話です。
 学習しようと動き始めるために必要なことは、必要性と関心意欲ではないでしょうか。ゲームの攻略方法を知りたい思う事と同じです。しかし、勉強になるとあなた達は、必要性や関心がなくなり、意欲も当然ながら湧きませんね。のび太はドラえもんが動かなくなり、初めて勉強という必要性が生まれたのです。それまで勉強に前向きでなく、テストの結果を馬鹿にされるほどののび太が、ドラえもんと再び暮らしたいと思うことからロボット工学を勉強するようなったのです。
僕はみんながある意味でのび太に似ている環境にあると思いました。それは日本に生まれ、家族がいて、平和で不自由なく恵まれているからです。何かして欲しい時には、容易に与えられるか、用意してもらえます。それは困った時にのび太がドラえもんにして貰っていることに似ていると思いませんか?みんなが勉強しない理由はここにあるように思います。
夢を抱き、夢に向かって勉強することや関心興味のあることに夢中になること、裕福になるために勉強するという目標が持てないのは、上記の理由があるからではないでしょうか。満たされ、与えられているうちは、夢を持てないのではないでしょうか。つまり勉強するための必要性や関心意欲は、いつまでたっても引き出されないのです。
日本の未来や世界の経済状態は危ういところにあります。その時が来たら動き出すのでしょうか。何のために勉強するのか考えて見て下さい。

(帆刈)