自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2026/07/10
【聖書:創世記 11章 1節】
「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。」
僕が10歳の時、韓国語を勉強し始めたのは、当時大ブームだった、KARAのハン・スンヨンと、ライブのあとの握手会に行って、相手の言葉で会話がしたかったからです。
ご存じですか?ハン・スンヨン。日本留学期間も長くて、僕よりよっぽど日本語うまいんですよ。
でも僕は相手の言葉で話したかったんです。僕から近づきたかった。自分を変えたかった。
皆さんの言葉を教えてもらうことも大好きです。新潟方言、村上、新発田、五泉、三条燕、長岡…
僕は北海道生まれでしたが父は山形、母は岡山出身、そして進学して京都、大阪、そして新潟と。
行く先々で新しい言葉と出会います。そしてゆっくりゆっくりそれを覚えて、
気づいたらごちゃまぜの言葉でしゃべっていました。僕はこれを「阿波加語」と呼んでいます。
ツッコミはやっぱり関西弁だし、相槌を打つときはよく「んだの」って言いますし、
あと「ありがとう」って言わると反射的に「なんもです~」って言っちゃう。これ北海道弁です。
僕たちは、目の前にいる人が、どんな言葉を使っているのか、そこに興味を持つことのできる生き物です。
授業で覚える言葉もそう、学年の先生が繰り返す言葉もそう。「大切なこと」とか、「Hero」とか、「共感・共苦」とか、「アーメン」とか。
あなたが、私の言葉を覚えて、自分なりの、伝えたい意味を乗せて、使ってくれる。
これほどうれしいことはなかなかありません。
そうやって、敬和生が敬和生と、さらには世界と、どんどん繋がっていくことを、いつも願っています。