毎日の礼拝

毎日のお話

2026/04/14

青栁 希望(数学科)

【聖書:イザヤ書 43章 4節】

「わたしの目にあなたは価高く、貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする。」

 

 

敬和学園高校の授業は,他の高校の授業とは一味違います。その理由は,敬和学園高校がキリスト教の精神に基づいて教育活動をおこなうキリスト教主義の学校だからです。
キリスト教における人間観は能力主義のそれとはまったく異なっています。すなわち,人間は生まれながらにして誰もが価値ある存在である。そこには能力や権力による優劣はなく,すべての人が等しく価値のある存在である。このような考え方です。これがキリスト教の価値観の肝であり,敬和学園の教育活動の土台となる考え方です。
ここでひとつ注意しておきたいのは,私たちは存在するだけで価値ある存在だからまったく努力しなくてもよい,のんべんだらりと生活していても神様に無条件で愛されてるならそれでいいや,ということではないということです。なぜなら,そんな怠けてばかりの自分では,自分自身が自分を愛することができないからです。どんなに神様に大切にされていても,自己肯定感を持てなければ自分が大切な存在なのだと本当の意味で実感することは難しいはずです。そのため,能力主義の立場を取らないということが,イコール能力を高めなくてもよい,ということではないわけです。むしろその反対で,愛されている大切な存在であるからこそ一層努力をして自分を自分らしく磨いていこう,となるわけです。私たちにはひとりひとりに個性=賜物が与えられています。自分の持つ賜物に気づき,それを磨くために努力をして成長していくこと。また,他者の持つ個性・賜物を尊重し,多様性への寛容さを身につけること。これが敬和学園の教育活動の目指すところです。

 

ではここまでを踏まえ,敬和学園高校で学べることの実際はどのようなものかを紹介します。
まず習熟度別の授業展開です。これ以上ないというくらい細やかなレベル分けがなされています。能力の高い低いに関係なく,すべての生徒が自分に合ったペースで学ぶことができます。
そして,2・3年生になると個人選択制のカリキュラムを展開しています。自分で自由に選択できる科目の数が全日制普通科の学校の中では群を抜いています。個人選択制カリキュラムには,皆さんの個性・賜物を思う存分磨いてほしいという教員の願いが表れていると思います。
最後にもう一つ,毎朝の礼拝もまた敬和学園高校の大事な学びの機会です。いわゆる校長先生のお話だけではなく,すべての先生方のお話が聞けるというところがポイントです。いろいろな先生方がそれぞれの価値観や矜持に基づいて,その時々で敬和学園の生徒の皆さんに伝えたいメッセージを語ります。礼拝メッセージを輪番で担当するということには,敬和学園に勤める一教員としての喜びや矜持があります。それは敬和学園高校が,単なる知識の詰め込みや偏差値アップの養成所なのではなく,キリスト教の精神に基づく成長の場であるということを先生方が自覚し,そんな敬和学園高校の一教員であるということを誇りに思っているからです。

 

まとめ
①敬和学園高校の教育活動は「能力のあるなしに関係なくすべての人が等しく価値のある存在である」というキリスト教の精神を土台としています。
②日々の授業や礼拝を通じて,自らの賜物を磨き,多様性への寛容さを身につけることを目指します。
③私たちは誰もが神から愛されている大切な存在であるということを自覚し,だからこそ日々努力し成長する者でありたいと願います。