毎日の礼拝

毎日のお話

2026/03/12

與那城 初穂(聖書科)

【聖書:ローマの信徒への手紙 8章 38-39節】

「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」

 

 

東日本大震災から15年が過ぎました。当時「絆」という言葉が多く語られましたが、被災地では生活や人間関係が引き裂かれる現実の中で、その言葉が一人ひとりの物語を見えにくくしてしまうのではないかと感じることもありました。『おもかげ復元師』の著者、笹原留似子さんは、震災の際に三百人以上の遺体を生前の表情に近づける復元を行いました。最初に復元を行ったのは、津波で亡くなった女子高校生だったそうです。彼女の髪を何度も洗い、長い時間をかけて整えたとき、ご家族はその姿に向かって名前を呼び、涙を流しながら語りかけました。震災の死者・行方不明者は22,230名という大きな数字で表されますが、その一人ひとりに名前と人生があります。社会が出来事を過去として忘れていこうとする中でも、今なお続く物語があります。聖書は、どんな出来事も人を神の愛から引き離すことはできないと語ります。神の愛とは、一人の人の尊厳を認め、その人がその人として生きられるように関わる愛です。震災を記憶するとは、一人ひとりの尊厳を大切にする社会を問い続けることでもあります。

定期テスト2日目ですね。今、皆さんの頭の中は、今日のテストに出る言葉や公式でいっぱいだと思います。次の教科のことが気になっている人もいるかもしれません。それでも、ほんの少しの時間だけ、耳を傾けてもらえたらと思います。
東日本大震災から15年が過ぎました。昨日の礼拝では、木嶋先生が、被災された方々を覚えて祈ってくださいました。当時、皆さんはまだ幼く、ほとんど記憶に残っていない人も多いと思います。しかし、あの震災のとき、日本の社会にはさまざまな言葉が飛び交いました。その中の一つが「絆」という言葉でした。
「絆」という言葉は、本来とてもよい意味で使われる言葉ですし、私自身も好きな言葉です。けれども、私が被災地に入ったとき、「絆」と書かれた看板を見るたびに、どこかもやもやした気持ちになることがありました。地震や津波、そして原発事故によって、人々の生活や関係がずたずたに引き裂かれている現実がある中で、「みんなで一つにつながろう」という強い空気を感じたからです。その中で、一人ひとりが持っているそれぞれの物語が、見えにくくなってしまうのではないか――そんな不安を感じたのだと思います。
『おもかげ復元師』という本があります。著者の笹原留似子さんは、「復元納棺師」と呼ばれる仕事をしている方です。亡くなられた方がどのような状態であっても、生前の表情に近づける復元を行う仕事です。
笹原さんは、東日本大震災のとき、三百人以上の方の復元を行いました。彼女が被災地で初めて復元を行ったのは、津波で亡くなった一人の女子高校生だったそうです。
砂や藻が絡まった髪を十回以上洗い、長い時間をかけて整えました。大きな損傷があり、色も変わり始めていたお顔に、少しずつ彼女の「おもかげ」を取り戻していきました。
振り袖を着て、ほほえむ姿に整えられた彼女を前にして、ご家族は名前を呼び、涙を流しながら何度も話しかけたそうです。そこには、失われてしまったはずの生前の関係が、もう一度戻ってきていました。
東日本大震災では、死者・行方不明者が22,230名と報告されています。とても大きな数です。しかし、その数字の一人ひとりには、それぞれ名前があり、人生がありました。
数字として見れば、その女子高校生も「一人」にすぎません。しかし、ご家族にとっては、名前を持つ、かけがえのない存在であり続けます。
今もなお、行方がわからない方を捜し続けている人たちがおられます。また、原発事故によって、帰ることのできないふるさとを思い続けている方々もいます。社会は出来事を少しずつ過去のものとして忘れていこうとしますが、その中には、今も続いている多くの物語があります。そのほんの一握りであっても、一つひとつの物語に関心を持ち、耳を傾けようとすることは、一人の人の尊厳を大切にすることにつながっていくのだと思うのです。
先ほど読んでいただいた聖書の箇所には、人間が恐れるあらゆる存在や力が並べられています。不条理な震災による死はもちろんのこと、たとえば私たちの身近なところで言えば、目の前のテストの重圧や、誰にも言えない悩み、揺れる人間関係なども、「現在のもの」に含まれるのかもしれません。しかしパウロは、どんな存在も、時間も、空間も、権力も、人間を神の愛から引き離すことはできない、と語ります。

神の愛の「愛」は、ギリシア語で「アガペー」と呼ばれる愛ですが、本田哲郎さんは、このアガペーを、「相手の尊厳を認め、その人を大切にすること」、そして「その人がその人として生きられるように関わること」だと説明します。
神の愛は、人を「大勢の中の一人」として扱わず、一人の人を、名前を持つ存在として大切にします。笹原さんが行った復元の働きも、まさに、一人の人の尊厳を取り戻そうとする仕事です。
震災を記憶するということは、ただ過去を振り返ることではありません。その記憶を通して、これからどのような社会をつくっていくのか、一人ひとりの尊厳が奪われない社会になっているのかを問い続けることでもあると思います。
震災から15年が過ぎた今も、そしてこれからも語られ続けていく物語があります。その物語に耳を傾けながら、一人の人の尊厳を大切にする歩みを続けていきたいと思います。
今日のテスト、皆さんが力を発揮できますように。