自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2026/02/19
【聖書:マルコによる福音書 6章 12-13節】
「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」
わたしは福島の小さな教会で育ち、幼い頃から礼拝に通う中で信仰に触れてきました。やがて聖書を学ぶようになると、そこに記されている奇跡の物語に戸惑いや疑問を覚えるようにもなりました。本当にこのような出来事が起こるのだろうか、と考えるようになったのです。
しかし、聖書の奇跡や不可解な出来事にとどまって読み続けるうちに、それらは表面的なものにすぎず、聖書が本当に伝えようとしているのはその奥にあるメッセージではないかと思うようになりました。つまり、聖書を「深く読む」という姿勢の大切さに気づかされたのです。深く読むとき、聖書は単なる不思議な物語ではなく、わたしたちの生き方を問いかける書物として現れてきます。
今日の聖書には「多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」とあります。わたしはこの「油を塗って」という言葉に心を惹かれます。油とは当時の薬であり、薬を塗るためには苦しんでいる人のそばに行き、近づき、触れ、寄り添わなければなりません。そこにあるのは、一瞬の劇的な出来事というよりも、地道で具体的な関わりです。
わたしたちの世界にも、すぐに解決できない苦しみがあります。病気、孤独、不安、悲しみなど、奇跡のように一瞬で取り除きたいと思うものばかりです。しかし現実には、それらをただちに消し去ることはできません。それでも、苦しむ人のそばに行くこと、声をかけること、静かに寄り添うことはできるのではないでしょうか。
聖書を深く読むとき、それは非現実的な奇跡の物語ではなく、「どう生きるか」を静かに問いかける言葉となります。苦しむ人のそばに立ち、自分にできる小さな「油を塗る」行為を大切にすること。それこそが、2000年前の聖書の言葉が、今を生きるわたしたちに静かに問いかけていることなのだと思います。