自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2026/01/15
【聖書:マタイによる福音書 7章 21節】
「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」
20年前ドイツで学ぶ機会がありました。当時のドイツでは日曜日に店が休業し、町は静かで、教会の鐘の音がよく響いていました。ドイツはキリスト教徒が多いとされますが、日曜日の礼拝の出席者は非常に少なく、その現実に衝撃を受けました。しかしその一方で、人々がキリスト教的価値観を失っているわけではなく、「人にしてもらいたいことを人にしなさい」という聖書の言葉のように生きている人が多いとも感じました。
今月献金を捧げる「ペシャワールの会」の元代表である中村哲さんの生き方を思い起こします。中村さんは、宗教的な言葉を強調するのではなく、「当たり前の人」として誠実に生きることが大切だと語り、善悪は誰にとっても同じであり、人々は言葉ではなく行為の結果に信頼を置くのだと語っていました(『キリスト教がわかる』)。
マタイによる福音書が記された時代は、教会が組織化され、信仰の強調や宗教的自己満足が生まれやすい状況もあったと考えられます。しかし、今日読まれた「『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない」というイエスの言葉は、信仰のアピールではなく、神の御心を行うことこそが重要だと伝えています。難しいことではなく、身近な人に対して当たり前のことを当たり前に行える人間として生きていきたいと思います。