自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2026/01/06
【聖書:マタイによる福音書 24章 45~47節】
「主人から、時に応じて食べ物をあたえるようにと、家の使用人たちを任された忠実で賢い僕は、一体誰であろうか。主人が帰って来た時、そのように働いているのを見られる僕は幸いである。よく言っておくが、主人は彼に全財産を任せるに違いない。」
今日の聖書には、主人のいない間(あいだ)も、主人の言葉を守る、賢い僕について述べられている。賢い僕とは、主人がいないときにも、主人の命令を守る僕だ。悪い僕とは、主人がいないと分かると、好き放題を始める僕だ。
私は、人が大人になるのもこのようなことだと思う。それは、主人がいなくても、あたかも主人がいるかのように行動できる賢い僕のように生きることだ。主人に、ばれなければ何をしてもよい、という愚かな僕のようにではなく、たとえ誰も見ていなくても、自分の良心に従って、正しく行動できることだ。それが自立した大人になる、ということではないだろうか。