敬和の学園生活

日常の風景

2025/12/19

2025後期終業礼拝 小田中 肇(校長)

【聖書:ヨハネによる福音書 3章 16節】

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

 

 

今日はいよいよ後期終業日です。
8月から今日までを振り返るとき、こうして無事、終業を迎えられることを嬉しく思います。
今年の夏も昨年に続き猛暑でした。
9月、新学期が始まっても暑さはおさまらず、毎朝の礼拝も最初の2週間は冷房のきく教室での放送礼拝でした。
12月となり、みぞれの降る今となっては、あの頃の暑さは嘘のようです。
季節の移り変わり、時の流れを感じます。

10月1日から2泊3日で全校修養会が行われました。
各学年、それぞれ実り豊かな3日間をすごしました。
修養会の前と終わってからとでは、学年の雰囲気が変わったように感じました。
それぞれ新しい発見や出会いを経験したのだと思います。
それが学年に良い変化をもたらしてくれました。

10月には生徒会選挙があり世代交代が行われました。生徒会、部活動も57回生(2学年)が学校の中心になりました。
それによって学園には新しい風が吹き始めています。

3年生は、それぞれ卒業後の進路の準備に本格的に取り組んでいることと思います。
既に進路が決まった人もいれば、これからという人もいると思います。
一人ひとりに、ふさわしい進路がそなえられることを願っています。

そして、昨日の讃美歌発表会では、各クラスの歌声がこのチャペルに響きわたりました。
保護者も来てくださり、後期を締めくくるにふさわしい一日を過ごすことができたことに、皆さんにあらためて感謝したいと思います。

さて、いよいよクリスマスです。
クリスマスとは、言うまでもなくイエス・キリストの誕生を祝う日です。
イエスの誕生とは、イエスがお生まれになった当時の人々にとって、何を意味したのでしょうか。
その答えが今日の聖書に記されています。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」

独り子とは、神の子イエスのことです。
神様がご自分の独り子を私たちに与えてくださった。
それによって、神様の私たちに対する愛が確かなものとして示された、というのです。
神様の私たちに対する愛を喜び、祝うことがクリスマスの目的です。
まず神様が私たちを愛してくださった、
そして、その愛に応えて、私たちも互いに愛し合おう、それをお互いに形であらわそう、
それがクリスマスの大切なメッセージです。

皆さんは敬和学園の名前の由来を聞いたことがあると思います。
「敬神愛人」と言う言葉です。これはある聖書箇所に基づくものです。
よく知っていると思いますが、簡単に紹介します。

ある人がイエスに尋ねます。「聖書の教えの中で最も重要な教えは何ですか。」
イエスは答えます。「心を尽くし、思いを尽くし、あなたの神である主を愛しなさい。」そして「隣人を自分のように愛しなさい。」
敬和の「敬」は神様への愛を、そして敬和の「和」は人への愛を表します。

キリスト教のシンボルは何でしょうか。十字架です。
このチャペルの正面にも大きな十字架が架けられています。
十字架のたての軸は、神様と人との関係を、そして横の線は、人と人との関係を表していると言われます。
縦の関係と横の関係。
それは、神様の愛と人間同士の愛を象徴するシンボルなのです。

十字架を見て、分かるのは縦の軸の方が横の軸よりも長いことです。
これは何を意味するのでしょうか。
私は、ここにキリスト教の大切なメッセージが込められているように思います。
縦軸は神様と人間との関係を表します。
先ほど、イエス・キリストの誕生によって、神様の人間への愛が示された、と言いました。
十字架の縦軸は、この神様の人間への愛を表します。
その愛は、横の軸、つまり人間同士の愛よりも深く大きい。
だから、縦軸の方が横軸よりも長いのです。
この縦の関係が横の関係をしっかり支えてくれている。
つまり、神様の私たち人間に対する愛が、私たち人間同士の愛を支え、励ましてくれているのです。
キリスト教が「愛の宗教」と言われる理由がここにあります。

私たちが神社にお参り行くとき、ご利益を得るために、一生懸命、手を合わせます。
神社で大切にされているのは、清浄さ、清らかなすがすがしさです。
そして、祭られている神様に失礼のないように、また汚れのないように身を浄めます。
そこでは神様と人間の関係は、人格的な愛の関係というより、畏(おそ)れ、敬うという面が強いと思います。
多くの宗教のなかでも、キリスト教が、最も明確に、神様と人間との愛の関係を教えのなかに位置づけています。
そして、その愛に支えられて、私たち人間も互いに愛し合う者として、それぞれの一歩を踏み出すことが求められているのです。

こうしている今も、世界のどこかでテロや無差別殺人、戦争が行われています。失われて行く命が一つ、また二つあります
このような時代だからこそ、クリスマスを迎える今、人々に愛と平和の道を示し続けたイエス・キリストの生き方とその教えから学ぶ私たちでありたいと願います。

それでは、「すてきなクリスマス」と「よい年」をお迎えください。
新学期、元気な皆さんに会えることを楽しみにしています。

 

odanaka20251218

(写真はクリスマス礼拝より)