毎日の礼拝

毎日のお話

2025/12/05

Sさん(56回生)

【聖書:マタイによる福音書 7章 1-3節】

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。」

 

 

 去年、佐渡金山の世界文化遺産登録が決定した。私はスタディーツアーとして佐渡島に初めて訪れた。学びのテーマは、佐渡金山での強制労働を強いられた朝鮮人の歴史だ。韓国が「強制労働はあった」と主張する一方で、日本政府は「あくまで徴用だった」と反論する。私は、今回のスタディーツアーで自分には何ができるのか考えた結果、一人ひとりが語る真実に耳を傾けることだと思った。強制労働の件について、日本政府は嘘をつこうとしているのか、それとも他の事情があるのか、私にはわからない。しかし、強制労働があるないどうこうのまえに、「過酷な労働作業の中、亡くなった朝鮮人がいる」という事実に注目するべきだ。これは真実ではなく事実である。 私がするべきことは、正しいか間違っているか、嘘か本当かを決めるのではなく、一人ひとりの真実を知り、亡くなった人を思って、追悼することだと思った。

 漫画やドラマでは、学校で威張っているヤンキーは、過去に家庭の問題などで傷ついたからそうなった、という設定がよくある。この設定は人に受けやすい。なぜなら、ただ強くて荒れているだけだと「嫌な人」に見えるが、「過去に何かあった」「心に傷がある」と理由が示されると、視聴者や読者は「なるほど、この行動にはこんな背景があるんだな」と理解、共感しやすくなるからだ。 私は、フルヒストリーは大きな価値を持っていると思う。フルヒストリーを知らずに、人やある出来事に「良い」「悪い」を決めるべきではない。佐渡金山にも同じことが言えると思う。多くの人に金山のフルヒストリーを知る機会が与えられればいいと思う。