毎日の礼拝

毎日のお話

2025/07/09

青栁 希望(数学科)

【聖書:マルコによる福音書 1章 16節~18節】

「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。」

 

 

4月に新発田市で開催予定だった「ももいろクローバーZ」の野外ライブ。新潟県外からも多くのファン(通称:モノノフ)が新発田市を訪れていましたが悪天候のため急遽中止となりました。しかしモノノフたちの反応は,不平不満を漏らすわけでもなく,それどころか「運営は賢明な判断だったと思います!」「せっかくなので新発田市の観光を満喫して帰ります!」などとポジティブな声が多数で,ももクロ本人や運営サイドの人からしたらこのようなファンの行動・態度は嬉しいものだったに違いありません。これはある種の究極的な推し活の姿だと思いました。つまり,自分がどのような行動をとれば,どんな発言をすれば「推し」が喜ぶのか,それを考えて行動するということです。

この推し活の在り方というのは,実はキリスト教の信仰生活の在り方に通じるところがあります。

 

①信仰をもつ者にとって行動選択の究極的な基準となるのは,その行動を神がお喜びになるかどうか,ということだと思います。キリスト教の信仰を持つということはいわば「イエス=キリスト推し」ということですから,どうすれば「推し」が喜ぶかということを考えて行動する,という点が共通しています。

 

②推し活も信仰生活も自分の外側にある対象へ向いた心のはたらきです。承認欲求によって生じる「自分を高めたい」という気持ちは人を大きく成長させるものですから,これはこれで大事です。しかし一方で,そればかりになってしまうと息苦しくなってしまいます。推し活や宗教といった,自分の外側に向かった活動でバランスをとることが心の健康を保つコツであるように感じます。

 

③推し活も信仰生活も自分の暮らしている世界が一変する可能性を秘めています。人間関係が広がり,推しから派生した別の対象へ興味関心が広がる可能性もあります。聖書の中では,のちにペトロと呼ばれるこの道一筋の漁師が,イエスと出会い,漁師の命とも言える「網」を捨てて「イエス推し」としてデビューしたシーンが描かれており,この日以来ペトロの生きる世界はがらりと変わりました。推し活はいくつになってからデビューしてもいい,そしてそれは,わたしたちにまだ見ぬ素晴らしい世界を見せてくれるものだと励ましてくれているかのようです。

 

自分の生涯をかけて推せるもの,そういう存在との出会いが与えられることを願います。それが,皆さんの人生を本当の意味で豊かなものにしてくれるはずだからです。