自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2024/10/03
【聖書:詩編 69編 15-16節】
「泥沼にはまり込んだままにならないように わたしを助け出してください。わたしを憎む者から 大水の深い底から助け出してください 奔流がわたしを押し流すことのないように 深い沼がわたしをひと呑みにしないように 井戸がわたしの上に口を閉ざさないように。」
私は敬和に入る前、中学のうち2年間、不登校をしていました。がんばろうとしても何もできず、自分が嫌いになっていきました。通信学校より大変な敬和を選ぶことで、自分が苦しんで、もっと生きる事への未練がなくなればと思っていました。
でも敬和に入学後、そんな私に寮の先輩方、先生、そして55回生のみんなは心を開いて関わってくれ、変わるきっかけを作ってくれました。大変な生活の中で周囲の方々は、迷惑をたくさんかけても、私を見捨てないでくれました。くだらないことを私が言うと「何言ってんの」と笑ってくれる瞬間が、あの頃に諦めていた夢がかなったような気持ちにしてくれました。
いつの間にか中学の頃の苦い記憶が過去となりましたが、私にとっての過去は、自分にできる最善の行動だったと思えるようになりました。それは同じ不登校だった人たちから、「不登校だったから、孤独だったから私は人の痛みを理解できる。あの期間がなかったら今ここにいないんだからよかったんだよ。」という前向きな言葉を聞いたからです。あの言葉のおかげで、今はもう私の中で当たり前のようになっている「誰かに相談できる幸せ」に気づくことができる喜びを知りました。
また、がんばろうとした自分を認められるようになり、「過去を捨てた」ではなく、「過去の自分と一緒に生きる」という自分をこの敬和で見つけられたんだと思います。そして私は、誰からも必要とされない人間ではないという当たり前のようなこと、そして敬和に入る前からずっと愛されていたことにも、家族の皆から気づかせてもらいました。敬和に来て、「自分が変わる」ということが信じられなかった私でも、「本当に変われた」と伝えることで、誰かの心に残るものがあれば良いなと思い、こういった話をさせていただきました。