自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2011/07/11
<刻々と世代交代が…>
6月23日に部屋替えを行いました。
それまでは1年・2年・3年が同じ部屋で過ごしていたのですが、今回の部屋替えを境に3年生は受験モードに突入!(の準備?)のため3年生は3年生だけの部屋、1・2年生は1・2年生の部屋になりました。
各部屋では室長・整美係、生活係という役割を部屋メンバーで分担します。今まで3年生が担っていた室長さん。ここに来て初めて2年生が担います。「室長って何していいかわかんないんだけど~。」と不安を口にする2年生、多数出現しています。でも大丈夫!3年生たちだって、最初から完璧に出来ていたわけではありません。役割に就いて初めてその役を知り、少しずつ担えるようになってくるのです。3年生が余裕で担えるようになった頃、その役割は2年生へとパスされます。そして2年生が部屋作りをリードして行えるようになった頃、今度はみぎわ館全体の世代交代が始まります。もうすでに、今から意識し始めている2年生もいるようで頼もしいです。
3年生は後輩へ残すべきよき伝統と進化するためのヒントを与えるため、残り半年ほどをしっかりカッコイイ後姿をみんなに見せてやってください。2年生はいよいよ自分たちの出番です。どの学年も先を見ながら今を過ごしていってほしいと思います。
(森口)


<いたずら心>
みぎわ寮生のいたずら心は大したものです。今までの部屋でも幾度か行われていたいたずらですが、部屋替え後、その数は増えているように感じます…。またテスト期間中にもかかわらず手の込んだいたずらをするみぎわっ子たちには少々心配ですが、部屋の素晴らしいチームワークは、まだまだ始まったばかりの部屋とは思えない息の合い様で、これから強まっていく絆が楽しみです。
点呼時がみぎわっ子たちのいたずらタイムです。その1、「先生、手出して~」と企んだ笑顔でグーを差し出してくる人あり。手を出してみると、気持ちが悪くなるほど大きくリアルな、みんなが嫌いな虫のゴム人形。危うく悲鳴を上げるところでした。その2、部屋に入ろうとすると、「リンボーダンスで入室すること!」と張り紙がされ、ドアにはハエ叩きや布団叩きがリンボーダンスのバー代わりとなっていました。無視して突入していくと「もう!ちゃんとやってよ~!!」と残念そうな声の嵐。ゴメンヨ。その3、入室直前まで元気な話し声が聞こえていたのに、「こんばんは~!」と入っていくとシーンと静まり返
って見せるある部屋。いくら話しかけても狸寝入りから目覚めることはなく、それでは!とこちらも息を殺して寝顔を観察。するとたまらなくなったのか、プハッっと吹き出し部屋中笑いの渦が起こります。まだまだここには書ききれないくらい、また高度すぎて一度見てもらわないとこの興奮は伝わらない!と思ってしまうようなものもあるほどです。
夜の点呼の時間、それはみぎわっ子たちと私達との1日を締めくくる時間です。みんなの表情や声色、もちろん寝顔からもその日1日どんな気分で過ごせたのか伝わってきます。ゆったりと眠りについてくれるのが翌日の事も考えると一番いいのですが、いたずらに知恵を絞り楽しんでおなかが痛くなるほど笑って、「あ~、今日も楽しかった!」と1日を締めくくれる日があってもいいのでしょう。…たまに!の話ですが…。それから、いたずらはくれぐれもみんなが楽しめる物限定でお願いしますね!
(森口)
<礼拝のお話>
*K.N.(3年生)
今の時期、3年生には進路について考えなくてはいけない時期です。私も頭から煙が出るのではないか!?と思いほどGWにはお母さんと話し合いました。そして私の将来の夢は管理栄養士になることです。
小さいころの夢はレジのおばさん、水族館のお姉さん、婦人警官と言う夢をふわっと持っていましたが、成長するにつれて夢が消えていってしまいました。
管理栄養士という夢を持ったのは高校2年の後半くらいで、最近になって思いはさらに強くなりました。私は病院で働いて病状に合ったバランスの良い食事を出して病気と闘っている人を励ましていくのが夢です。実は私は食べることがあまり好きではありません。むしろ私が作り、人に食べてもらえることが幸せです。将来私が栄養士になり、結婚し、子どもが生まれたとしたら、家族にはバランスの良い美味しい食事を作ってあげることが出来ます。そんなことを考えていると、ますます私の夢は膨らみ、管理栄養士を目指すことが楽しくなってきます。
みなさんも、きっと将来の事を大なり小なり悩んでいる事でしょう。焦らず、自分の気持を大切に考えてみてください。そして、絶対に後悔しない人生を共に歩んでいきましょう!
(5月30日)
*A.Y.(2年生)
私は眼鏡をかけています。私は眼鏡を外すと手元は見えるけど、遠くの人の顔がぼやけて見えると言う程度の低い視力です。「まぁメガネかけてないと不便かな!?」というこの微妙な視力のせいで、先日私は眼鏡を寮に忘れてしまいました。いつもなら絶対に忘れない眼鏡を忘れてしまったのは、実に簡単な理由で、眼鏡をいつもは置かない所に置いてしまっていた事と、私自身が微妙な視力のため、掛けていなくてもそこまで不便ではなく、眼鏡をかけていない事に気付けなかったからです。忘れたメガネに気が付いて、急いで寮に戻ったのですが、既に閉まっておりあえなく取りに行くことはできませんでした。
「あぁ…今日の授業終ったな…」と私があきらめかけた時、同じクラスの友達がそんな私の様子を見かねたのか「私の眼鏡、ほとんど度が入ってないけど貸してあげようか?」と声を掛けてくれたのです。私はわらにもすがる思いで眼鏡を借りて授業に臨みました。結果…その眼鏡は正直本当に度が入っておらず、掛けようが掛けまいが変化がないと言うとても悲しい結果に終わってしまいました。しかし幸運にもその授業は一番前の席だった事もあり、奇跡的に黒板の字が解読でき、何とか乗り切ることが出来ました。授業が終わり、その子に何とか見えたことを伝え、眼鏡を返し、その後の授業を受けました。そして私は毎時間、眼鏡を忘れた説明をして回り、色んな人に「ノート見せてね」とお願いをする作戦に出ました。そしてお願いをされた人は嫌な顔一つせず、「いいよ~!」と見せてくれました。こうやって私は周りの人に助けてもらい、なんとかその日1日を乗り切ることが出来ました。
この日を振り返り、改めて気づくことがありました。それはこんな風に私を支えてくれる人たちがいるということでした。また私の周りには、気付けていない幸せが沢山あるのではないかという事でした。
(6月1日)