毎日の礼拝

校長のお話

2011/07/08

「すべてのことはたいがい無事にすむものだ」(イザヤ書26章1~4節)

武田泰淳という作家がいます。
武田泰淳と言われてもほとんどの人が知らないでしょうし、作品を読んだことがないと思います。

しかし武田泰淳が戦後の日本文学の影響力を持った一人であるということは間違いありません。
 
その武田泰淳の最後の作品は「眩暈のする散歩」です。
糖尿病のために体が不自由になって、自分でペンを持つことができなくなり、いわゆる口述筆記で書かれたものです。
タイトルが「笑い男の散歩」「危ない散歩」「入り乱れた散歩」とすべて「散歩」という言葉がついた話になっています。
これらの話をつなぎ合わせると、どうも、武田泰淳と奥さんの百合子さんは子育てがあまり得意でなかったことが分かります。
子どもが嫌いではないのですが、目の前のことに夢中になったり、気を取られたりして、子どもへの注意が散漫になるようでした。
たとえば、湘南海岸に住んでいるときに、海水浴場に作られた遊園地に行くのが楽しく、夫婦で夢中になって毎日通います。
若い夫婦があまりに毎日やってくるので、係のおじさんが今日は観覧車に「タダで乗せてあげる」と言ってくれます。
うれしくなって、乗ってはみたものの、百合子さんは高所恐怖症であって、観覧車が上がるにつれて怖くなり、目をつぶって我慢していたのですが、そのうち辛抱たまらなくなって、思わず抱いていた赤ん坊を空中に放り投げそうになったと言うのです。
またある日、電車に乗ったのですが、抱いていた娘の指が自動ドア―に挟まれます。そばに立っていた高校生が固くしまったドアーを緩めようとしてくれます。
それを見た父親の武田泰淳はあわてて、ドアーに挟まれた娘の指をむりやりもぎ離そうとします。
そして、まあ大丈夫だろうとちらっと見て、次の駅で降りて映画を見ます。
幼い娘の指が風船ガムのように紫色に膨れ上がっていることに気が付いたのは、映画館を出てからでした。
子どもからすれば、こんな親に育てられたのでは、おちおち安心して生きていけない、ということになります。
ところが、それにもかかわらず、武田夫妻の娘さんはふつうに成長して、気がつけばすばらしい芸術家になっていくわけです。
武田泰淳は自分たち夫婦が、頼りなく危なっかしい親であることを告白するのですが、同時に、後から考えたらぞっとするような危ないことも、その時はやり過ごすことができている、すべてのことは、たいがい無事に済むものだと、とも言っています。
 
この武田泰淳の言葉はそのまま敬和学園の行事にもあてはまります。
6月にあったフェスティバルがそうです。
準備の段階で各連合の総合チーフを始め、それぞれのパートで責任を持った人たちがどのような気持ちになったでしょうか。
合唱できちんとハモれないし、声は小さい。
衣装やプロフィールの製作が予定より遅れ遅れになって、このままでは仕上がらない。ダンスの選曲に手間取って踊りとうまくからまない。
そういう具体的なことの他に、指示通りに動いてもらいたくて、自分なりに気を使っているにもかかわらず、知らん顔されているように思える。
チーフとしての能力がないようなことを言われているとどこからか聞こえてくる。
逆に、自分は連合のメンバーとしてそれなりにがんばっているつもり、協力しているはずなのに、今年の2年1年はやる気がないと文句を言われる。
フェスティバル本番が近づくにつれて、こうした不協和音は小さくなるどころか大きくなって行き、思わず投げ出したくなる、逃げ出したくなる、という気持ちにさせられことはなかったでしょうか。
学校がフェスティバルなんかさせるからこんなことになるのであって、悪いのは学校だ、とそんな文句を言うのは筋違いだとわかっていても、誰かに文句を言わないと気持ちがおさまらない、ということはなかったでしょうか。
そうした「いっぱいいっぱい」の気持ちの中で当日を迎え、プログラムの一つひとつを必死にこなすなかで、2日間という時間が流れていきました。
あれだけやりたくない、できるならなくなればいいと思っていたことが、終わるたびに、さびしくなり、エンディングが近づくにつれて、フェスティバルがこのまま永遠に続いてほしいと思う瞬間があったのではないでしょうか。
そうしたフェスティバルを終えて思うのは、武田泰淳が子育てで感じた「すべてのことはたいがい無事にすむものだった」ということではないでしょうか。
こうした感覚を体で覚えておくこと、身に着けておくことが、じつは生きていくための大きな力になるのです。

 

その時にたとえ、自分ではどうしようもない、万策尽きたと思えたとしても、フェスティバルでの体験から、すべてのことはたいがい無事にすむものだ、何とか乗り切れるものだ。そういう時にこそ、必要な言葉を誰かが掛けてくれるものだ、必要な協力者が現れるものであるという感覚を真剣に取り組んだ人ほど持つことができたはずです。
そして、もう一歩深く知るとしたら、それは「すべてのことはたいがい無事にすむ」のは、そこに見えない神様の働きがあったからです。
それがなければ何事も無事に済むことはなかったのです。
そこで言えることは、希望はわたしにあるのではなく、希望は神様にあるということです。
希望が神様にあるとしたら、たとえ絶望的な気持ちになったとしても、それで終わりではないということです。
道は必ず拓かれていくのです。
さらに付け加えたいこと、それは、たいがいのことは知らず知らずのうちに無事にすむとしたら、逆に知らず知らずのこととして、すませてはいけないこともあるわけです。
その一つが東日本大震災の被災者のことです。
何事もなかったかのように毎日を過ごすとしたら、自分には関係ないこととしてしまうなら、私たちは人間としてダメになってしまいます。
東日本大震災の被災者のことを心にしっかり刻みながら、来週の第2定期テストに向けた歩みをしっかりしていきましょう。