自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2023/10/02
【聖書:マタイによる福音書 7章 12節】
お早うございます。51回生卒業生のM.Yです。このように、母校でお話をさせて頂く機会を与えて頂いたことを神様に感謝しています。先日はのぞみ寮にお邪魔させていただきました。今日は通学生の皆さんにもお会いすることができ、とても嬉しいです。温かく迎え入れてくださって、敬和の魅力を改めて感じました。私は今、看護師を目指して東京の三育学院大学で看護を学んでいます。今日は、今まさに自分と向き合い将来について考えている皆さんの少しでも役に立つことができたらと思い証を書いてきました。今の進路を選ぶまでにどのような導きがあったのか。そして今学ぶ中で感じていることをお話したいと思います。
私は、高校生のとき進路について考える時間がとても苦手でした。将来のことをしっかりと考えるようにいつも言われていましたが、いくら真剣に考えてもその道ははっきりとは見えませんでした。すでに将来の目標を持っている人が少し羨ましかったことを覚えています。なんとなく学校の先生になりたいと思っていたのですが、はっきりとはしないまま高校3年生を迎えてしまいました。ちょうどそのころ、コロナが流行し学校が休校になり、焦る気持ちは増していきました。
このまま進路を決めれなかったらどうしようか悩む中で、休校中の5月、祖父母の家に行く機会がありました。そこでの出来事が私にとって大きなターニングポイントとなったのです。その日、祖父は私の目の前で倒れてしまいました。脳梗塞や癌を患ったことがあったので、危ない状況であることはすぐに分かりました。救急車を呼んで、苦しそうに横になっている祖父の背中を「どうか何もありませんように」と願いながら必死に擦り、何も出来ない自分に悔しさがこみ上げてきました。その時から「命を救える人になりたい。」と思うようになりました。受験を迎えるために、自分がなぜ看護師になりたいのか、看護師になって何をしたいのかもう一度考える中で、敬和での日々が私の進路選択に大きく関わっていたことに気が付きました。楽しいことも辛いことも全てが貴重な経験ですが、その中でも特に私を大きく変えてくれたのは、様々な人との関りの中で、「自分は愛されている存在であることに気付かされたこと」です。初めて家を出て、誰も知らない場所で過ごす中で気付いた両親の存在の大きさ、ホームシックで泣いている私を傍で見守ってくれた友人、中学生の時まで関わってこなかった素敵な個性を持った友人、様々な人との出会いの中で、自分の弱さも受け入れてくれる人たちがいることに気付かされました。「私は色んな人に支えられて生きている。」ということに気付いたとき、私も誰かの役に立ちたいと、改めて思うようになりました。この経験は「病気や怪我で苦しんでいる人の力になりたい。」という今の私の原動力になっています。
そして、もう一つ看護師になるという私の目標を支えている経験があります。それは、叔母に癌がみつかったということです。大学に進学が決まった後に胸に癌があることが分かりました。様々な治療をしましたが、思うように病気は治らないという現状を突き付けられました。病気と闘うということは、もちろん本人の体の痛み、辛さもありますが、それと同じくらい、大切な家族が弱っていく姿を受け止め、支える家族の大変さにも気づきました。私にできることは限られていますが、少しでも本人と家族が望む、穏やかな時間を過ごすことができるように、叔母が食べられるものや、呼吸が楽になるような姿勢を考えたり、家族で叔母の思い出を一緒に振り返ったり、看病と仕事の両方で疲れている母に今叔母にしてあげたいと思っていることは何か聞き、気持ちを整理したり、些細なことですが日々できることを見つけています。少しでも役に立つことができた、支えることができたと感じたときは、何にも代えられない嬉しさがあります。いつか同じように苦しむ人に、寄り添うことができる看護師になりたいです。看護の勉強は覚えることも沢山あり、日々、勉強の毎日で時々辛いと感じることもあります。病院に行って実際に看護を行う実習では、自分の力不足に悔しいと思うことばかりです。しかし、今の学びが将来誰かを助けることに繋がると思うと、ここで負けてはいられないと頑張る力をもらうことができます。
私が神様から与えて頂いた経験を通して感じることは、これからの将来を考えるとき、自分がどのような仕事に就きたいか、あるいはどのような人になりたいかということはもちろん重要ですが、どのような形で役に立っていきたいと思っているのか考えてみることが大切であるということです。きっとその思いの中に、将来のヒントがあるはずです。今日の聖書カ所は、マタイによる福音書7章12節、だから人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。この聖書カ所は私が通う看護学部の理念でもあります。今目の前にいる人に対して、大切な家族に対して、友人に対して、皆さんはどのような形でかかわっていきたいですか。自分探しの敬和で皆さんの道がみつかりますように祈っています。