毎日の礼拝

校長のお話

2011/06/09

「ジュラシックパークと原発事故」(ペトロの手紙1 1章8~9節)

ジュラシックパークという映画があります。
マイケル・クライトンという人の原作を1993年にスチーブン・スピルバーグ監督が映画にしました。


ある会社がバイオテクノロジーを駆使して、化石化した琥珀の中に入っていた古代の蚊から恐竜の血液を取り出してクローンの恐竜を創り出します。
この恐竜をテーマパークで見せて大儲けをしようと考えたのです。
ところがコンピュータによって完全自動化されたはずの全制御システムが破たんして、囲いから逃れた肉食恐竜が人間を襲うというパニックサスペンスです。
絶対的だと信じていた安全制御システムが破たんしたのは人間の欲望と驕りです。
安全制御システムの担当者は、大金が欲しくてライバル会社に恐竜のDNAの入ったカプセルを売り渡たそうとしてロックを解除したのです。
ところが、不幸にもその時に起こった大嵐によって恐竜を防護するフェンスの高圧電流も止まってしまいます。
こうしたことが重なって恐竜たちがフェンスを越えて暴れ出すことになったのです。
安全制御システムは、たった一人の人間のお金欲しさの行動によって崩れてしまいますし、想定外の大きな嵐によって外部電源は失われてしまいました。
ジュラシックパークを見て思うのは、人間の勝手な思いによって創りだされた古代の恐竜の暴走に対して、悪い感情を持つ人がたくさんいるだろうということです。
逃げる人間を追い詰め、食いちぎり殺す恐竜たちに憎しみを持っても不思議ではありません。
 
ジュラシックパークはある意味で恐竜たちにとって気の毒な映画だと思います。
この映画が作られて20年余りたった今年の3月、日本でまさに恐竜の暴走というべきものが起こりました。
しかもジュラシックパークのようなフィクションではありません。
東日本大震災による津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故です。津波によってすべての外部電源が失われました。
そのために安全制御システムは全く機能しなくなりました。
そして原子炉の中でエネルギーの暴走が始まり、1号機、2号機、3号機が次々に水素爆発を起こしました。
大量の放射能がまき散らされました。
その放射能が土地を汚し、海を汚し、そのために多くの人が避難しなければならなくなりました。
逃げることができない家畜や魚は大量の放射線、放射能を浴びることになりました。この事故が起こる前までは、電力会社も政府も原発は絶対安全であり、何かの災害が起きれば何重もの安全装置が働くので、何も心配はないと断言してきました。
しかし、それがいかにいい加減であったかが今回の事故によって明らかにされたのです。
今起こっていることはパニック映画さながらのことです。
そして、このパニックの中で原発は今最大の悪者にされています。
ジュラシックパークの恐竜同様実に気の毒な存在になっています。
ところで今回の事故を当事者である原発の立場から考えたらどうなるでしょうか。
 
福島第一原発1号機は30年の耐用年数を10年過ぎても稼働しています。
ある意味酷使されてきています。
そのおかげで、わたしたちは快適な生活をさせてもらってきたわけです。
原発の恩恵を受けてきたという視点から、今原発と事故に対して、わたしたちが持つべき考えと取るべき行動とは何かを自分のブログに書いた人がいます。
橋口いくみさんという作家です。
橋口さんはだいたい次のように書かれています。
「40年間、耐用年数を10年過ぎてまで酷使され、ろくな手当てもされず、安全管理も手抜きされ、あげくに地震と津波で機能不全に陥った原発に対して、日本中がまるで『原子怪獣』に向けるような嫌悪と恐怖のまなざしを向けている。それでは原発が気の毒だ。誰かが『40年間働いてくれて、ありがとう』と言わなければ、原発だって浮かばれない」。
この発言に対して、内田樹(たつる)という人が次のような応答しました。
「1日1日が確実にきちんと過ぎています。日本のこと人々のこと毎日祈っています。そして原発のこと。私たちに今までたくさん楽しくてキラキラした思いをさせてくれた原発。そこが最期をむかえようとしています。人だって亡くなる時痛い思いはしたくない。辛い思いもしたくない。静かに穏やかにみんなに愛されて亡くなりたい。
それは原発も同じだと思うんです。今まで不自由なく私たちの人生に輝きをくれた原発にありがとう。本当に楽しかった、どうか穏やかに最後を迎えてくださいと祈ろうと思います。原発さん あなたに 今命がけで一生懸命何かしている人たちは あなたに穏やかな最後をできる限り痛みのない最後を 迎えさせようしているのだから どうか受け入れてあげてくださいと 祈ります。二度とこんなことがないようにしなければならないからこそ ありがとうと伝え 原発にたよらない日本にしていかなければならない。そのためには私たちがみんな元気で暮らしていける日本でなければならない。だから穏やかな気持ちで今日も祈ります。そして現場で作業をされている人たちにどうか力をかしてくださいと祈ります。私たちの不安は、被災した人々にも原発のエネルギー自体にも伝わってしまうと思うのです。だから頑張ってこらえて 不安に胸をふさがれないよう 未来を信じ 祈り 今できることを続けます。みなさん それぞれの場所にいても 心と力をあわせてくださると心強いです」。
 
敬和学園はキリスト教の学校です。
祈るということを大切にします。
そして聖書の中に書かれているイエス・キリストの言葉を大切にします。
イエス様は言われました。
「敵を隣人のように愛しなさい」「隣人を自分を愛するように愛しなさい」。
敵を敵としていつまでも悪者扱いしては、そして自分たちの愚かさや間違いに気づかなければ、本当の意味で平和に生き暮らすことはできない、穏やかに過ごすことはできないということです。
内田さんの言葉に一つの応答をするなら次のようになります。
「地震と津波で命を失い、家族を失った人の魂を鎮めるために、そして原発によって様々なものを奪われている人が心穏やかに生活できるために、祈りつつ生きましょう」。5月の連休に仙台近郊で、寮生を中心としたグルーブと野球部がそれぞれ被災者支援労作を行いました。
6月、7月も予定しています。8月には長期の支援労作に取り組みます。
この被災者支援労作も被災地にある魂を鎮めるための祈りの行動であったと言えます。
それでは多くの魂を鎮める祈りを大切にしながら、今日から始まる新しい一週間共に過ごしていきましょう。