のぞみ寮通信

みぎわ館

2011/06/07

みぎわ館 第89号(6月5日)

<フェスティヴァル目前!> 
 
 6月10日11日に行われる敬和最大の行事・フェスティヴァルが目前に迫っています。

今年もみぎわ館にはたくさんのチーフたち、本部長に本部員たち、ダンサーに衣装担当、演劇出演者に演劇の運営にあたってくれる演劇部員たち等々がいます。みんな、第一定期が終わってから急激に忙しくなったフェスティヴァル準備に追われながらも、日々の生活にしっかり取り組んでくれているのはすごいなぁ!と思います。
 毎年、フェスティヴァルの時期は「みぎわ館の病み期」だと思っていました。フェスティヴァル準備は、その準備自体自分の能力を最大限に発揮し、また仲間の力を借りながら協力して取り組んでいます。しかしその過程で、たくさんの難しさにぶつかるようです。何といっても一番難しいのは人間関係でしょう。チーフたちが「よし!」と思って取り組んだことも、他のメンバーからダメ出しを食らいガックリきたり、思うように練習が進まず、またチームの士気が期待するほど高まらずガックリ、減点されてしまいガックリ…毎日たくさんのガックリを経験して帰寮しますから、病んで当然!そこから這い上がり逞しさを身につけていくんだ!なんて思っていました。

 

しかし今年はいつもとちょっと違います。もちろんたくさんのため息も聞こえますし、がっくり肩を落としている姿も見かけます。だけど寮内の雰囲気がなんだか例年より穏やかなのです。卒業アルバムのフェスティヴァルページに楽しげに・食い入るように見て参考にしている人たち、ダンスで疲れた足をマッサージし合いながら談笑する様子、映画のダンスシーンをみんなで観て自分たちのダンスのフォーメーションを検討し合う3年生たち、夜な夜な腹筋に励みフェスに備える人たちなど、しんどいながらもやりがいや楽しみや目標をもっている様子が伺えます。またみぎわの仲間内で相談し合い、励まし合い、共感し合い…共に支え合っている様子が見られます。
ステキな仲間と創り上げるフェスティヴァル。当日を迎え、やりきるまでは投げ出したくなるようなこともきっとあるでしょう。でもぜひ全力で乗り越えていって下さい。やりきれた自分への誇り、支え合える仲間が居る幸せなど、たくさんの気付きを6月11日が終わるまでし続けてくださいね!いつもみんなの事を応援しています!

(森口) 
 

 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
<3年生から1・2年生へ>

 

 先日の礼拝の事でした。礼拝終了時にはいつも「何か連絡のある方はいらっしゃいますか?」と司会者がたずねてくれます。その時に、3年生全員が立ち上がり『みぎわ館と携帯』について想いを語ってくれました。
みぎわ館では特に昨年度から携帯が大きな問題としてありました。のぞみ寮では携帯電話の持ち込みは禁止です。目の前にたくさんの仲間がいて、関われば関わるほど様々な面を発見することが出来ます。言い換えれば、共に暮らす仲間でも知らない所だらけなのです。そんな仲間が目の前にいるのに、見えない相手と関わる必要があるでしょうか?自分の嬉しい事も悲しい事もタイムリーに分かち合え、相手の表情を見ながら・声色を感じながら話ができる事・抱きしめられることで喜びは倍増、悲しみは半減します。聴いてくれる人がそばにいつもいてくれる事に気付けたとき、寮生活は苦しくとも喜びにあふれたものへと変化するのだと思います。
 3年生たちの言葉はこのようでした。「携帯を持ち込むことで周りが傷つく。それに気づいた時、自分も傷つく。」「目の前には素晴らしい仲間がいる。それに気づけさえすれば寮生活において携帯なんていらない。」「もっと目の前の仲間としっかり関わっていこうよ!」「携帯持ち込むと、100%周りはそれに気づく。そうすると互いに心の壁が出来てしまう。そんな寂しい事、起こさないようにしよう。」「寮生活において携帯は逃げでしかない。自分とも仲間とも向き合っていこう。」「面と向かって感情を共有できる素晴らしさをもっともっと体感してほしい。画面を通してでは分からない心の充実感が得られる。」「携帯を持ち込んだことがあった。私の事をまるで自分のように考えてくれるこんなにたくさんの仲間がいるのに、何で持ち込んでしまったのだろうと後悔している。今、寮生活がとても楽しいのは、携帯を手放し、堂々と自分の全てをさらけ出せるようになったから。」…。
丸2年、自らも先輩たちを見、仲間とぶつかり、考え続けてきたそれぞれの想いを言葉にして後輩たちに投げかけてくれました。
 「携帯のない館」をみぎわの伝統にしよう。そんな言葉まで出してくれるほど、寮生活には携帯電話は不要だと強く思ってくれている3年生たち。この意思を2年生も1年生も継いでほしいと願います。
 
 心から願うみぎわ寮生の成長は、真正面から自分自身や仲間と向き合いぶつかる中で育まれていきます。真正面から仲間と向き合えるようにになるためには携帯電話は不要です。それ以上に、邪魔をする存在でしょう。いい意味で携帯電話を諦め、仲間と自分に目を向け、歩みを進めてほしいと思います。
 今回強い意志を持って後輩たちに話をしてくれた3年生たち、本当にありがとう!1・2先生たち、先輩のこの言葉の意味をぜひ理解してください。まだ続く寮生活、逃げたくなる時、携帯を持ち込みたくなる時がくるかもしれません。そんな時安易に逃げてしまうのか、先輩たちの言葉を想いだし踏みとどまれるのか。ぜひ先輩たちの言葉を理解し、胸に刻み踏みとどまってほしいと思います。みんなの大きな心の成長を祈っています!

(森口)
 

 
 
 
 
<礼拝のお話> 
 
*√乃亞(2年)(本人の強い希望でペンネーム表示をしています。)
 皆さんは「本当の自分」を出していますか?性格を偽ったり、相手に合わせていたりしていませんか?特に1年生、どうでしょうか?まだ入寮して2か月足らず。当然2・3年生ほど互いに信頼し合ったりは、なかなか実際出来ていないと思います。私はどうなのかと言うと、少なからず自分の素は以前に比べるとずっと出せています。
 他人に好かれるか、嫌われるか、親しくなれるか、なれないかは案外単純で、実際の自分と違った自分を他人に印象付けようとする事よりも、自分の自信がない所をさらけ出し、他人に自分を隠さなければ、他人と本当に親しくなれることが多いと思います。親密になるという事はそういう事ではないでしょうか。
でも無理してまでも本当の自分を出せと言っているわけではありません。相手に実際の自分と違った自分を印象付けることもいいのかもしれません。もしかしたら素の自分より偽った自分の方が印象も良く大成功☆なんて事もあるのかもしれません。でも、そんなことをして生きて楽しいですか?と私は聞きたいです。いい子ちゃんに見せたり、悪ぶって見せたり…偽れば偽るほど一層実際の自分から自分が遠くなっていくだけなのではないでしょうか?自分のアイデンティティが無くなってしまう気がします。要するに、自分を偽ることに成功しても内面の崩壊が進むだけだと思います。そんなことをし続けていると、やがては生きていることが不安になったり、生きている事が恐くなってくるのではないでしょうか。またそんなことに心を奪われていたら、他人の気持ちを理解することに想いが及ばなくなります。自分を偽ることにいい事など本当は全くないのではないでしょうか?
 
みぎわで出会った皆さんには自分を偽らずにここでの生活を楽しんでほしいです。もっとも、敬和と言う学校、更に一人一人違う性格の人が集っている寮生活の中では偽る必要はないと思います。
最終的に何が言いたいのかと言うと、「こんな風に自分を印象付ければ自分は好かれる」「あんな風に自分を印象付けたら自分は嫌われる」などと勝手に決めつけないでほしいという事です。自分が思っているように人も感じるとは限りません。つまり、自分が思うように人に印象付けられるとは限らないのです。せっかくのぞみ寮と言う場所で巡り合った私達です。恐れず、自分たちらしく、個性を出していきましょう!

 (5月11日)