毎日の礼拝

校長のお話

2007/04/01

「ビッグ、等身大に生きる」

聖書:ルカによる福音書22章39~42節
ビッグという映画があります。トム・ハンクスが主人公を演じています。
話は次のようなものです。
小さいことが悩みの12歳の少年ジョッシュはカーニバルの夜、遊園地で悪魔マシーン「ミステリー・ゾルダー」にコインを入れて「自分を大きくしてくれ」と願いをかけます。
まさか願いがかなうとは信じていなかったジョッシュですが、あくる朝、気がついたら20歳以上もの大人に成長してしまったのです。
彼の願いは、12歳の年齢のままで身長だけを大きくしてほしいというものでしたが、身長だけでなく、年齢も大きくなってしまい、一気に大人になってしまったのです。
びっくりするのは当然です。
母親に何とかしてもらおうと、あわてて言いに行きますが、もっとびっくりした母親に家を追い出されてしまいました。
目の前に現れた30歳を過ぎたおじさんが、12歳の自分の子どもであるとは思わないのは当然でしょう。
途方にくれたジョッシュですが、ただ一人目の前の大人が魔法にかかって大きくなったジョッシュだと信じた親友の協力もあって、たまたまおもちゃ会社に就職することができます。
姿形は大人でも中身は12歳の少年に、会社で働けるはずはないと思うのですが、それがおもちゃ会社であるところがミソです。
1週間後に初めて給料をもらうのですが、それは普段親からお小遣いとしてもらっているお金よりはるかに多いわけです。
その金額の多さにびっくりして喜んで、そのお金を銀行でたくさんの小銭に替え、あれこれ買い物をするわけです。
ふだんなら、そんなものは買ってはいけないと親に叱られるおもちゃやお菓子を、誰も叱る人がいないわけですからしこたま買い込みます。
親友と一緒にゲームセンターでとことん遊び、普段は食べさせてもらえないお菓子をたらふく食べます。
好きなものが買え好きなものが食べられる、しかも誰からも叱られることはない、大人というのはなんといいものだろうと喜ぶわけです。
ジョッシュは休みの日にデパートのおもちゃ売り場に行き、自分の会社の製品で遊びまくります。
それをたまたま社長が見ていました。
そして彼のおもちゃに対する意見を聞いて感心するわけです。
ジョッシュの意見が、的を得ているのは、おもちゃを作り売る大人の側の考えではなく、それで遊ぶ子どもの側の意見ですから、当たり前といえば当たり前です。
そこで社長はジョッシュを製品開発副部長に抜擢します。
製品開発というのは、どんな製品を作ったら売れるかを考える部署ですから、そこにまさに遊ぶ側から考えてあれこれ言うジョッシュの意見はズバリ当たります。
新しく作ったおもちゃはどんどん売れます。
そういうことがあって、彼はおもちゃ会社でどんどん出世をして行きます。
同時にジョッシュを好きになる女性が出てきて、初めはその女性とトンチンカンなやり取りをしていたのですが、やがて恋に目覚めます。
この映画は親からガミガミ文句を言われるのがイヤで早く大人になりたいと考えている人、おとなになったら、好きなだけテレビをみてやるぞ、ゲームを好きなだけ買ってやるぞ、というようなことを夢見る人のその夢をかなえるような、じつに楽しい映画です。
最初は早く子どもの姿になって家に帰りたい、母親に会いたいと願っていたジョッシュもやがてこのままでいいかと思うようになります。
そういう時に親友が悪魔マシーン「ミステリー・ゾルダー」のありかを見つけてきます。
最後は迷いながらも元の自分、本当の姿に戻ることを決心する、というストーリーです。
ジョッシュの姿を通してわかること、それは魔法で大人になって自分の好きなことがいくらできるようになっても、それは本当の自分ではないということです。
こういう話は別に映画だけではなく、私たちの身近でもよくあることです。
たとえば、新しいクラスで、新しい学校で自分を大きく見せたい、よく見せたい、強く見せたいと思うことがあります。
そのためについつい大きなことを言ったり、必要以上に自分の存在を大きく見せたくなることがあります。
それがいうなれば、ミステリー・ゾルダーです。
でも、ミステリー・ゾルダーを使って一時は大きく見せても、本当の自分ではありませんから、やがて見透かされてしまいます。
必ず見抜かれてしまいます。
敬和学園でミステリー・ゾルダーを使って、大きく見せる必要はありません。
それは、敬和学園は一人ひとりに、いうなれば等身大の自分をしっかり生きてほしいと願っているからです。
必要以上に大きく見せたり、強く見せたりするのではなく、ありのままの自分で生きてほしいのです。
そういう素直な生き方をすることによって、その人のもっているよさが引き出されることになります。
今日の聖書には「誘惑に陥らないように祈りなさい」と書いてあります。
悪魔の誘惑に陥って大きく見せる必要な何もありません。
等身大の自分に生きることです。
等身大の自分が一番強い自分だからです。
等身大のありのままの自分に生きる、それが敬和学園で成長していくコツでもあります。