毎日の礼拝

校長のお話

2007/07/01

「敬和キャンプ」

聖書:エフェソの信徒への手紙 1章18節
敬和学園には夏のプログラムがいくつかあります。
米国での海外教室、オーストラリア短期留学、広島碑巡りの旅、今年はありませんが英国での語学研修、一年おきの韓国平和の旅などです。
それに加えて今年の夏新しいプログラムを始めます。名称は「敬和キャンプ」です。佐渡島で行う4泊5日のキャンプです。
敬和キャンプの目的は後期の学校生活にしっかり取り組むエネルギーを作るためです。敬和キャンプのコンセプトは「午前中はじっくり学び、午後はしっかり汗を流し、夜はゆっくり語り合い、おいしいものをたくさん食べる」です。
新しいプログラムのように思われますが、数年前まで違う形でやっていました。
わたしは新潟に来る前は北海道に16年間いましたが、その16年間毎年夏に高校生と大学生の5泊6日のキャンプを行っていました。
場所はテレビドラマの「北の国から」で有名になった富良野の近くです。
このキャンプは午前中、聖書やお話を通して自分探しをします。
午後からは労作です。キャンプ場所にしている古い教会の修理をします。
修理はいろいろな作業があります。広い庭の草刈り、排水溝や建物などの土台修理、樹齢40年ほどの松を切り倒すなどがあります。木を切り倒すのはたいへんです。
倒す方向を決めて、計算しながら、太い幹をのこぎりや鉈を使ってけずり、最後は二本のロープをひっぱってたおすのですが、一つ間違えば、倒れる木が建物を直撃することになりますが、なかなかスリルのある労作です。
建物のペンキ塗り、これも毎年続けています。建物というのは不思議なもので、使っていないと死んでいきます。反対に使っていると、生きたものになります。
キャンプはまずおおそうじから始まります。そうじが終わる頃には建物が再び呼吸を始めたのを感じることができます。何かうれしくなる瞬間です。
それが楽しみな参加者もいて、汗まみれほこりまみれになることがあまり苦にならないわけです。
そして、おいしいものをしっかり食べるのです。18回の食事のメニューはわたしが決め、参加者に作ってもらいます。
このキャンプの食事は他のキャンプとは相当違います。いわゆる定番のカレーや豚汁、バーベキューはしません。たとえば夜の食事は、前菜、スープ、メインディッシュ、サラダ、デザート2種類というように相当豪華です。
わたしが北海道にいたとき、敬和から毎年の前の校長先生や他の先生合わせて10人ほどが参加していました。そのときの校長先生の誘い文句は「北海道にワークキャンプに行って、フランス料理を食べよう」だったようです。
ある年のキャンプに敬和学園の生徒と一緒に新潟の中学生の女の子が参加しました。
わざわざ新潟から来るのだからこのキャンプへのイメージをある程度持っているのだろうと思っていました。ところが、そうではありませんでした。
彼女の北海道キャンプのイメージは、きれいな風景の中にある雰囲気のいいログハウスにとまって、おいしいものを食べて、楽しく遊んで、快適な生活をするということでした。
ところが、そのイメージからこのキャンプは相当はずれています。朝はがっちり自分探しをして、あとは夕方まであれこ、汗をかきかき働くなどというのは、彼女にとって、とんでもない場所、とんでもない時間だったのです。
ですからキャンプ二日目の昼、部屋のペンキを塗りながら、彼女は一緒に作業をしていた高校生にこんなふうに言ったそうです
「どうしてこんなことをするんですか、こんな仕事はペンキ屋さんに頼んだ方が、きれいにできるし、はやくできるのに、それなのに、なぜ私たちがペンキまみれにならないといけないんですか」。
その夜のミーティングで彼女のことについて話し合いました。残りが四日ある、あんな気持ちではとても最後までは持たないだろう、他の参加者のやる気をなくさせるし、そんな子がいたらせっかくのキャンプが楽しくなくなると参加者も言っている、それならいっそ家に帰した方が彼女のためだし、みんなのためだということなりました。
でもわたしはそうは思いませんでした。そして次のように言いました。「われわれがあきらめるのではなく、彼女にはあきらめさそう。このキャンプはこういうキャンプだ。あきらめさせて最後まで参加させよう。それが彼女のためであり、他の参加者のためだ」。
何か自信があってそういったのではありません。不安でした。ところが、四日目の昼頃から彼女の姿勢、そして顔の表情がどんどん変わりはじめたのです。
あれほどいやがっていたペンキ塗りを自分からすすんで始めのです。それに、一緒に作業をしている人に楽しそうに話しかけるのです。刷毛を動かしながら、鼻歌まで出てきます。
最終日の全体会で、参加者が一言ずつしゃべりました。彼女の番になりました。
みんな彼女がどのようなことをいうのか、一瞬緊張が走りました。彼女はそんな雰囲気を気にする風もなくいいました。「とても楽しかったです。来年もまた来たいです」。
彼女は大いに変わって帰っていったのです。
そして、その言葉通り、次の年も新潟からやって来ました。
私は彼女を通してあることに気がつきました。
人は自分の変化はなかなかわからない、けれど他人の変化はすぐわかるということです。
他人の変化を通して、自分も成長していることに気づくことができるのです。
そして、私は確かに見ました。彼女の心の目が開くのを。
彼女は自分が思い描いていたロマンチックなイメージとは違うキャンプに参加して、最初だまされたとおもったのでしょう。
でもキャンプの最終日には、だまされてよかったと思ったのです。
そういうキャンプを今年8月2日から4泊5日で佐渡教会を会場に行います。
案内を後日配ります。みなさんも思い切ってだまされてみませんか。
後期に向かうエネルギーを作り出したい人、だまされもいいかなあと思った人、自分の心の目を開きたい人、自分を変えたいと思っている人は、私や野間先生、それから学年の先生に相談と申し出をしてください。
待っています。