毎日の礼拝

校長のお話

2007/08/01

「しばてん」

聖書:ヨハネによる福音書 15章13~14節
新津にある新津美術館で、昨日まで田島征彦・田島征三という双子の絵本作家の展覧会がありました。
2人ともダイナミックな絵を描く人です。
私が弟の征三さんの絵本を初めて見たのは、今から30年ほど前です。
「しばてん」というタイトルの絵本でした。
土佐、今の高知県に伝わる昔話に「しばてん」というのがあって、征三さんがその「しばてん」を題材に絵本を作りました。
しばてんというのは化け物の名前です。
しばてんは力が強くて、そして相撲が大好きです。
化け物と呼ばれるように、見た目は恐ろしい姿をしています。
けれど、人間大好きなのです。
好きで仲良くしてほしいのです。
でも誰も恐がって近づいてくれません。
そこで仲良くしてほしい、という気持ちから「おんちゃん、相撲とろう」と村人を強引に誘うのです。
そうしてたまたま相撲が取れると、うれしさのあまり力が入って、村人を思い切り投げ飛ばしてしまいます。
投げ飛ばされた村人は数日間起き上がれず、仕事もできません。
そういうことが続くと余計に誰も近づかなくなります。
すると、しばてんはますますさびしくなり、さらに強引に相撲に誘うという悪循環を引き起こすわけです。
ある日、村人はそんなしばてんをやっつけてやろうと、計略を使って馬の「とめきち」と相撲をさせます。
馬の「とめきち」に思い切り蹴飛ばされたしばてんは、空のかなたへと飛ばされ、いなくなってしまいます。
しばらくして、村に赤ん坊が捨てられました。
赤ん坊は「たろう」と名づけられ、村人に育てられます。
たろうは大きくなって力持ちになります。
たろうは相撲が大好きでした。
そして、秋祭りの日に大人と次々に相撲をとって投げ飛ばしました。
投げ飛ばされた人は数日間起き上がることができません。
そういうことがあって、たろうは「しばてん」の生まれ変わりとだということになります。
やがて「しばてんの生まれ変わりを村に置いて置くわけにはいかない」との長者さまの一言によって村から追い出されます。
しばらくして村は飢饉になります。
大人も子どもも飢え死にしそうになります。
このままではみんな死んでしまうと、村人は長者の屋敷の蔵を襲うのですが、反対に長者の家来にやっつけられそうになります。
そのとき突然「おれはしばてんだ」と叫びながら、長者の家来をやっつけ、お米のはいった蔵を開けた者がいました。
それはたろうでした。
勇気づけられた村人は米俵を運び出し、みんなで分け合って腹いっぱい食べます。
たろうは村人に歓迎され、引き止められて村に住むことになります。
しばらくして役人がやってきました。
役人は『長者の蔵の米を盗んだのはどいつだ』と怒鳴りました。
村人は黙って下を向いていましたが、やがて「たろうです。たろうがぜんぶやりました」と口々に言い始めます。
そのため、たろうは役人に引き立てられていき、はりつけになります。
長者の米を奪って食べたのは村人です。
罪があるとしたらそれは村人みんなです。
ところが村人を助けるために、たろうはその体で村人の罪を一身に背負って「はりつけ」にされたのです。
このたろうを見てかわいそうとふつうは思うわけです。
また、村人というのは自分勝手だと思うわけです。
それでは、たろうはただかわいそうなだけでしょうか。
たろうと村人に今日の聖書の言葉を重ね合わせると別のことが見えてきます。
聖書には『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない』とあります。
たろうは村人が好きでした。
その村人の命を助けるために長者の蔵を打ち破って命を助け、そして村人の身代わりに死んでいったわけです。
友である村人のためにわざわざはりつけになったたろうの生き方は、すべての人の救いのために十字架にかかったイエス・キリストそのものです。
そして、そういう場面になったら私たちはどのような行動をとるでしょうか。
わたしたちは「たろう」ではなく、村人のような行動をとるのではないでしょうか。
そうすると、自分たちが取るべき責任を身勝手にもたろうに押し付けた村人というのは、私たちの生きている姿であることがわかります。
わたしたちはどんなに強がっても、いざとなったらそういう弱さが出てくるのです。
そういうわたしたちにできることは、それは自分がどうしようもない弱さをもっていることにしっかり気づき認めることです。
そして、そういう気づきにイエス・キリストの力と助けが働くということです。
イエス・キリストの助けというのは、具体的には、誰かの存在を通して、誰かの言葉を通して、というようなさまざまな形で働きかけてきます。
イエス・キリストが助けが必ずあるということを心の中にしっかり刻み込みながら、後期の1日1日を過ごしていきましょう。やるべきことにしっかり取り組み、そして自分から逃げない、そういう1日1日にしていきましょう。