自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2008/05/01
聖書:マタイによる福音書 5章1~11節
みなさんには好きな作家、小説家がいますか。
わたしは宮本輝という作家が一番好きです。
5歳年上の60歳のおじさんです。
生まれはわたしと同じ神戸ということもあって、小説の登場人物のせりふは関西弁が多いです。
宮本輝の小説を読みますと、必ずといっていいほど、涙がこみ上げてくる箇所があります。
その宮本輝の最近の小説に「にぎやかな天地」というのがあります。
主人公の船木聖司は32歳で、本を作るのを仕事にしている編集者です。
設定では彼は大学4年生のときに阪神淡路大震災にあったことになっています。
舟木聖司には3歳上の看護師をしている姉涼子がいます。
その二人が勇気ということについて次のような会話をします。
「度胸か・・・。俺にいちばん欠けているのは度胸やなア。俺は臆病な人間やなアって、しょっちゅう思うなア」。
「誰かて臆病やねん。勇気ってのは、自然に湧いてけえへんよ。私、このごろ、それがわかってきてん。いつも勇気凛々なんて人間、いてへんわ」。
「あのなあ、勇気は、自分のなかから力づくで、えいや!っと引きずり出す以外には、出しようがないねん。それ以外に、どんな方法もないねん。勇気を出そうと決めて、なにくそ、と自分に言い聞かせて、無理やり、自分の心のなかから絞り出したら、どんなに弱い人間のなかからでも、勇気は出てくるねん」。
「そやけど、そうやって必死に自分のなかから引きずり出した勇気っていうのは、その人が求めてなかったものも一緒につれて来るそうやねん」。
「それは何やねん」。
「それはその人のなかに眠ってた思いも寄らん凄い知恵と、もうひとつは、この世の中のいろんなことを思いやる心。このふたつが、自然について来るそうやねん」。
なるほどなあと思う会話です。
確かにそうです。
歌のうまい声のいい人は、努力しなくても他の人より上手に歌うことができます。
運動の力の高い人は別に練習をしなくても早く走ることができます。
頭のいい人は、化学記号や数学の公式をすぐに覚えて、それを応用することができます。
でも勇気というものだけはそうはいきません。
会社で働く営業マンが、ピンポンと鳴らした玄関先で門前払いをされることを、嫌な顔をされることを承知で、はじめてのお客さんを訪ねるときには、どれほど勇気が必要でしょうか。
病気にかかり、手術をしなければならないと決まったとき、その病人が最初に求められるのは、手術台に乗る勇気でしょう。
「勇気は自分の中からえいやっと引き出す」ということについて思い出したことがあります。
それはわたしの息子のことです。
わたしの息子は28歳で今北海道の教会で牧師をしています。
この息子ですが、親の口から言うのもなんですが、一番の苦手なことは学校の勉強でした。
それでは何が得意かといいましたら、それは誰とでもすぐに仲良くなれる、誰とでも気さくに話ができるということです。
それは周りの誰もが認めることです。
わたしもずっとそう思っていました。
その証拠にこんなことがありました。
小学生に入りたての頃、近くのコンビニにお使いに行って、なかなか帰ってこないので、心配した妻がお店まで見に行ったら、レジのところでお店のおばさんと話し込んでいたのです。
別の日にはやはりなかなか帰ってこず、やっと帰ってきて、あんた何してたん、と母親に聴かれて、おばちゃんといろいろ話してたん、と答えている最中に、コンビニのおばさんは息子が忘れた傘を届けてくれて、ついでにおみやげにポテトチップスをもって来てくれて、一言、息子さんと話していると楽しいですわ、といわれました。
その息子が数年前にフッと言ったことがあります。
「僕なあ、人と話すのはほんとは苦手やねん。とくに初めておうた人と話すときはドキドキするねん。そんでタイミングはずしたら、しゃべれんようになるから、いつも自分のほうから、えいやと思い切ってはなしかけるねん」。
わたしはこの言葉を聴いて、自分は息子のことはわかっているようでわかっていなかったのだと反省しました。
周りから見れば、誰とでも気さくに話せて、ある意味でうらやましがられるその人も、実はそうするために勇気を振り絞っているんだということです。
41回生は敬和生活が始まったばかりです。
40回生はクラス替えがあったばかりです。
そのみなさんの中でクラスの人と仲良くなれない、なかなか話しかけられない、あるいは話しかけてもらえない、コミュニケーションがうまくとれないと悩んでいる人がいるはずです。
中には自分だけどうしてうまくやれないんだろうと苦しく思っている人もいることでしょう。
でもそこで気づかなければならないことが一つあります。
それはわたしの息子のように、コミュニケーションがとるのがうまく見える人もまた、内心は一生懸命、勇気を振り絞っているんだということです。
小説「にぎやかな時間」は勇気を絞り出すことによって、自分が知らなかった凄い知恵とこの世を思いやる心を一緒に引き出すことになる、といいました。
勇気を絞り出すことが自分だけのことではなく、大げさな意味ではなく、周りの人を幸せにする、世界の平和につながるというわけです。
うれしくなりませんか。
それは今日の聖書が言っているように、まさに「平和を作り出す人になる」ということです。
目の前の少ししんどいと思えること、自分が少し苦手だと思っていることから逃げないために、具体的に言えば真剣に勉強することに、人間関係作りをするために、自分の内側にある勇気を外側に出すために、ぜひ挑戦しましょう。
失敗してもいいのです。
そのあなたを神様が守ってくれる、それが敬和です。
何度でもやり直すことができるのが敬和です。
やり直しを許されているのが敬和です。
そのために3年間あるのです。
せかず、あわてず、じっくりとやりましょう。