のぞみ寮通信

みぎわ館

2011/05/17

みぎわ館 第85号(5月12日)

<天才!みぎわっ子!>  
 
 4月30日に行われた寮祭で、みぎわ寮生は天才の集まりか!?と思ったのは私だけでしょうか。

 2年生による脚本・振付・演出、1年生出演で披露されたみぎわの劇。童話のパロディを組み込みながら、笑いあり涙あり(?)の出し物でした。なんとも感心したのが、1年生たちの声と余裕です。出演者のセリフが全てきっちり聞き取れるほどの発声。それに、拍手や笑い声が起こった時にはそれが収まるまでしばらく待つ余裕。セリフ覚えに必死になっていたのかと思ったら、見せ方まで練習していたとは!また、そこまでバッチリ稽古指導した2年生たち。なんてすごいの、この人たち!天才じゃん!
 今年は寮祭の練習に費やせる時間も非常に短かったのですが(全体練習ができたのは3日間くらいだったんじゃないかな?)、そんな中でも1年生たちによる夜の自主練や、なかなか覚えられない振付を2年生が個人指導するなど、とっても関わりの濃い時間を過ごしていました。「見学御免」だったため、チラ見も許されなかったのですが、集中して厳しく楽しく取り組んでいた様子は漏れ聞こえる声からでも読み取れました。
 来年は44回生がプロデューサーとして立つ番です。この1年、先輩たちの振る舞いをしっかり見て学び、今年を超える出し物を期待しています!末妹の1年生を活かすためには、優れた脚本・演出・振付だけではなく、プロデュースする側のパーソナリティーが非常に重要なのです。その味わい深いキャラクターを確立させるためにも、先輩たちは最高のお師匠さんです。たくさん、たくさん学び、教えてもらってください!

(森口)


 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<1年生会!>
 
 帰寮日翌日の6日、1年生会が行われました。この会の企画はGW前から練られており、みんな楽しみにしての開催でした。「おかえり」と「これからもがんばろうね!」の意を込めて、自分たちで自分たちを励まし、またチームワークを向上させるための会です。こんなアイデアを出せる1年生たち、素敵です。また、この1年生たちのすごいのは、寮生活1ヶ月の間に幾度ものミーティングを繰り返している事。開催提案も招集も司会進行も、全てにおいて自分たちでやっていました。だからこそ、こんな素敵な会を開催することが出来るのですね!
 5日のうちに代表4名がみぎわ伝統のお菓子ムーンライトの材料を買いに出てくれたおかげで、超特大のムーンライトが2台も出来ていました。またそれぞれ手持ちのお菓子を持ち寄り、笑い声の絶えない楽しい時間を過ごしたようでした。ものすごく大きな声で盛り上がり、時にはカウントダウンが聞こえたり…何しているのだろうととっても気になったのですが、邪魔をしてはいけないと覗きに行くのもグッと我慢しました。夜7時から始まり9時まで、2時間にわたっての1年生会。解散後、とっても満たされた顔つきになっていた12名の1年生たち。3年間共に過ごす仲間として、生涯にわたるかけがえのない友達として、様々な形でこれからもどんどんステキな関係を築いていって下さいね!

                          
(森口)

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

礼拝のお話 
 
*M.M.(2年生)
 みなさんは今までの敬和生活、いかがでしたか?楽しかったのでしょうか?辛かったでしょうか?辞めたいと思ったでしょうか?2・3年生はこれまでで「やめたい」とか「地元の高校にしとけばよかった」とか考えたことのある方は多いのではないでしょうか。1年生でも今「家に帰りたい」と考えている人もいるかと思います。私も1年生の頃は「家族と居たい」「どうして敬和に来たんだろう」という事ばかりが頭に浮かび、寮にいるのが辛くなった時期がありました。
 そんな私は長期休みは家に帰って、温かく「おかえり」と言ってくれる家族に甘え、グダグダした生活を送るようになっていました。グダグダ生活が続いたある日の事、母に一言言われました。「何のために私はあんたを敬和に入れたんだろう。」と。私は理解できませんでした。何も中学時代と変わらない私の姿に呆れる気持ちは分かりますが、母は私に何を期待しているのか、さっぱり分からなかったのです。むしろ、ルールも多くて人間関係も複雑で、誰一人知り合いのいない場所で頑張ってきた娘を想い、家で休ませてくれることもしないのかと腹が立ちました。そんなことがあってか、どこか心の奥で母を避けていた私に、しばらく日が経ってから母は言いました。「そりゃぁ、敬和に行って少しは変わってくれることに期待はしていたよ。けど、それではなくて、私はあんなに『敬和に行きたい』って言って意気込んでいたMを見て敬和に行かせてあげたい!って思ったの。でも今のMは敬和にあんまり居たがらないし、教会にも行かなくなっているみたいだし。これじゃ、敬和に行かせて良かったのかなって思うよ。」
 
 私は母の言葉にハッとさせられました。確かに家計の厳しいM家にわがままを言って受験させてもらった敬和。あんなに楽しみにしていた敬和生活…。辛い事もあったけど、あれほど頑張ろうと決めて大夫浜に来たはずなのに、「辞めたい」などとしか考えられなくなった自分が情けなくなりました。自分探しをするつもりだったのに、新しい自分を見つけるどころか、今までの自分まで見えなくなっていた事に気付きました。いろいろな事に出逢えるチャンスが溢れているこの場所で、今まですごく勿体ない事をしていたなと思います。
 私に残された敬和生活はあと2年もありません。これからは辛い時でも初めの頃の気持を思い出して、逃げずに、立ち向かってみようかと思います。みなさんにも1度は「敬和で頑張ろう!」と心に誓った時があったのではないでしょうか。それなりに覚悟を決めて踏んだ敬和の地。辛いと感じたら、初心を思い出してみてください。もしかしたら少しは視点を変えられるかもしれません。

(4月18日)