自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2011/04/29
<見せてよ~!>
先週から、寮祭の出し物準備がみぎわ館の中でも本格的に始まりました。
もうそんな時期なんだぁと思っていたら、もう寮祭は目前です。
寮祭の出し物準備は、昨年も、ホールを一望できるはずの窓にカーテンがぴっちり引かれてしまい、「見学御免!」状態になっていました。「なんだよ~、見せてよ~。」と言う私に「ダメです!」とピシャリと言い放ってくれていた現3年生たちでしたね。熱い演技指導が飛び、その直後に大爆笑が聞こえ、ちらっとでもいいから覗きたい!という欲求を抑えるのが大変だったのを思い出します。そして、何をしているのか分からないのに、みんなの出す音や笑い声で、事務室で一人、一緒になって笑っていたのも思い出しました。
寮祭での出し物は、2年生プロデュースによる、1年生主役の舞台が用意されます。昨年は42回生の完璧なプロデュースに、オスカー女優ぞろいでびっくりでした。今年はそのオスカー女優たちが監督や振付師に変身し、実力を見せてくれます。また、新入生たちの演技にも注目です。「キャー!私ヒロインだし~!!!」なんて照れている1年生たちですが、あの「ネーム覚えよう会」での度胸は大したもの。とっても期待をしています!
それにしても、今年も「見学御免!」は続いています。練習の度にぴったり閉じられてしまう事務室のカーテン。「行くよ!ワン・ツー・スリー・フォー…」と始まるカウント、たくさんの人が動く音、沸き起こる笑い声、「1・2年生以外に台本見せちゃだめだよ~!」とのネタバレ注意も響いていました。今年も言いたいです。「練習風景、見せてよ~!」と。でもきっとダメなのでしょうね。わかっていますよ。
この出し物も、みんなで協力し合わなければいいものはできません。互いに声を掛けあい、助け合い、支え合い、昨年を上回る大作を期待しています!
(森口)
<自主練>
寮祭の出し物練習に、とてつもなく熱が入っている様子です。先日、フリーの日には1年生たちが自主的に会議室にこもり、ダンス練習・演劇練習に精を出していたようでした。それも夕食後すぐ7時くらいには既に始まっており、最終的に終了したのは点呼直前の10時半。自主練にほぼ全員が揃い、懸命に取り組む様子には、横で見ている私たちがパワーをもらいます。
1年生たちは慣れない寮生活がスタートし、もうすぐ1ヶ月。とっくに疲れが出ていいころです。ホームシックで涙が出ても、理由のわからない寂しさに襲われてもいいころです。しかしそんな疲れや寂しさも、みんなで寮祭に取り組む中で、たくさん笑い、たくさん汗をかき、集中し、仲間と交わる楽しさへと少しは変化させられているのではないでしょうか。
家族と離れて暮らす決意をして臨んだのぞみ寮での寮生活ですが、この1ヶ月で自分の決断を悔いたこともきっとあることでしょう。(今の2・3年生だってそうだったんだから!)だけど、この1ヶ月で出会えた43人もの仲間との濃い毎日の関わりは、ありえない事だらけで腹も立ったりするけれど、それでも何だか悪くない…そんな風に感じてくれていたらなぁと思います。涙するときに寄り添ってくれる人がいつもいる寮のステキさに気付いてくれたらいいなぁと思います。
寮祭が終わればみんな家族の元へ帰れます。きっと今までとは違った目線で、気持ちで家族と関われるのではないでしょうか。感謝の気持を持って家族にしっかり甘え、GWを楽しんできてください。そして、また5日の帰寮日には、支え合い、頼り合える仲間と新たな歩みを共に始めていきましょう!
みんなのお土産話、待ってます!
(森口)
<礼拝のお話>
*U.Y.(3年生)
日に日に風が、匂いが、日差しが春らしくなってきました。敬和で見る3度目の桜ももう少しで咲きます。見慣れた桜の木ですが、どうしても今年は敬和に咲く桜の花が愛おしく、少しさみしく感じてしまいます。私はいつの間にか3年生になりました。私が今、身もきっと心も成長できたのは、私一人の力ではないのでしょう。毎日の私の朝から夜までが幸せなのも誰かが、みんなが親切にしてくれて、愛を届けてくれるからです。だってきっと、一人で生活していたら大声で笑う事なんて少ないんです。
春休み前の大地震により、たくさんの人の命が失われてしまいました。あの日の出来事によって世界中の人が人間の命のはかなさ、当たり前だった1日の大切さなど改めて気づかされた気がします。でも、水に沈んだ町の映像を見ても現実の事として感じられない私は、それらがウソな気がして、どことなく他人ごとにしていたのかもしれません。「どうすればいいのか?」と問われているのは自分なのに、答えを探せずただニュースに心を痛める日々でした。
そんな時、ふと思い出したことがあります。それは、前に校長先生のお話であった「祈ること」でした。「祈るとは、出来事を自分の出来事とすること。過去にしないこと。」とおっしゃっていた事を思い出しました。そしてやはり、祈ることがその時の私にできたことだった気がします。「形」として残らない、直接的には人を救えない「祈ること」に、何の意味があるのでしょうか。実は私にもよく分かりませんが、「形」だけの支えなどいつかは消えてしまうものだとも思います。
私の母はよく手紙で、私の事を祈ってくれています。私はその時確かに母を感じます。誰かが祈ってくれる時、人は絶対に孤独ではないのかもしれません。見えない支えはいつもそばにあり続け、なくならない気がします。
スーパーで買占めをしてしまう人、被災者の家に入る泥棒、馬鹿な発言をした偉い人たち、相変わらずのパチンコ屋の列…出来事を自分の出来事とするのは難しい事ですが、それが出来る人でいたいです。
私は敬和に来て、多くの人に「Yのために祈ってるよ。」と言われてきました。そんな祈ってくれる・思ってくれる人たちのおかげで何とか生きている私で、私は一人の時も一人ではありません。支えられています。幸せだと思います。
私は小さいころ交通事故に遭いました。車にぶつかった衝撃で黒目は常により目をしているようになっていました。でも今の私を見てください。完全なる健康体です。あの時の私が今の私として生きていられるのは、多くの人のおかげだと思います。特に家族には本当に辛い想いをさせてしまいました。どれだけ怖くて、辛くて、不安だったでしょう…きっと当の本人よりも苦しかったはずです。一体どんな想いだったのでしょうか?どれだけの犠牲があったのでしょうか?私のために自分たちの時間やお金など、たくさんのものを費やしてくれました。あの時の私は幼くて、人の気持など上手く考えられなかったけど、今になって事故の事を思うといろんな気持が巡ります。そして今も両親にはたくさんの迷惑と負担を掛けています。もしかしたら、人が生きる事は自分以外の誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれません。そしてそれらが支えとなってくれるのだと思います。
私は祈ることや自己犠牲は見返りを求めない「無償の愛」というもののような気がします。そのすぐには見えない誰かの支えによって、今日も私は幸せです。でも誰かから貰ったその支え(自己犠牲)は、見返りを求められていないので、与えられたほうはなかなか気付くことが出来ないのです。でもきっと、私たち敬和の寮生は他の人よりも、これらの事に気付くチャンスが多い気がします。仲間や親からの自分を想った手紙をもらう時、家を離れ親の存在の偉大さを知った時、1年生が仕事をしてくれ、みんなが気遣いをするとき…。学校に行けて、ご飯を食べられて、おこずかいをもらえて、親がいて、住む家があって…。たくさんの当たり前を送れる幸せがあります。そしてそんな当たり前があるのも、多くの人が自分のために祈り、支えてくれているからだと思います。
3年生となった今、私は一つ一つに「ありがとう」を言える人でいたいです。だからまずは、みぎわのみなさん、たくさん支えてくれて「ありがとう!」。
(4月12日)