毎日の礼拝

校長のお話

2011/04/11

「洋菓子店コアンドル」(ローマの信徒への手紙12章2節)

しばらく前に見た映画に「洋菓子店コアンドル」があります。コアンドルはフランス語です。英語のコーナーにあたるコアン角と、ストリートにあたるリュー、通りを組み合わせた言葉で、日本語にすると街角となります。

このタイトルからもわかるように、街角の小さな洋菓子店を舞台にしたストーリーの映画です。

「洋菓子店コアンドル」は鹿児島で実家のケーキ屋を手伝っていた臼場なつめが、恋人の海千尋を追って東京にやって来るところから始まります。

千尋が働いているはずの洋菓子店・コアンドルを訪ねたのですが、千尋はすでに店を辞めてしまっていました。

行くあてのなくなったなつめは、コアンドルのシェフに強引に頼み込んで、住み込みで働き始めます。                              こういう出だしから想像されるのは、若い女性なつめの一流のケーキ職人、今風にいうとパティシエへの道が始まった、というとサクセスストーリーですが、そういう映画ではありませんでした。
 

まず何が違うか、主人公のなつめの性格、これがなかなかのものです。

けなげなでかわいい女性かというと、とんでもありません。

一言で言うと考え方や行動がどこまでも自己中です。

家族から甘やかされて育ってきたということが、言葉遣いや会話から嫌と言うほど伝わってきます。

なつめを取り巻く人々は悪い人たちではありません。

たとえば、コアンドルのオーナーシェフである依子さんは、かわいそうに思って、いわゆる田舎からポッと出てきたなつめを住み込みで働かせてくれます。

お店の常連の芳川さんは、何かとなつめに目を掛けてくれます。

同僚のマリコさんはぶっきらぼう言い方ですが、なつめの至らない部分を注意してくれます。

そういったいい環境にもかかわらず、なつめはしばしば他人の感情にずかずかと土足で入り込んでいきます。

気に入らないことがあると、大きな声を出したりわめいたりします。

ケーキ職人としての腕前はたいしたことありません。

にもかかわらず、先輩と言い合いになって、気に入らないからと仕事をほっぽり出して出ていきます。

夜、店がしまってから、ケーキ作りの練習に安くはない店の材料を勝手に使います。やけ酒を飲んで二日酔いになって、次の日平気でキッチンに入ってきます。

それを注意した先輩に対して、自分は絶対に酔ってないと、どこまでも強情を張ります。

なつめの言葉遣いや態度・行動は映画の最後まで変わることはありません。
 

洋菓子店コアンドルにはもう一人の主人公が出てきます。

料理学校の講師をしていて、そしてスイーツの評論家として名が通っている十川です。

十川は8年前までパティシエの国際コンクールで優勝するなど、一流の菓子職人として腕をふるっていました。

ところがちょっとした不注意から娘を交通事故で失います。

それ以来自分でケーキが作れなくなります。

十川は娘を死なせてしまった後悔から、何をするにも無気力でした。

洋菓子コアンドルはストーリーが途中から急展開をします。

オーナーシェフの依子さんが地下鉄の階段で足を滑らせて骨折して入院します。

そのためにコアンドルは休業せざるを得なくなります。

それと同時に依子さんは超一流のレストランで行われるあるフランスの要人のディナーのデザート部門を担当することになっていたのですが、それを断らなければならなくなります。

ここから、なつめの実に自己中な言葉と行動がまさに暴走が始まります。

なつめはディナーのデザートづくりを十川に強引に頼むのです。

何をするのも気力を失っている十川は当然断ります。

その十川に対してなつめは十川の心の痛み、傷口を開くようなきつい言葉を吐き、十川が自分の頼みをきいてくれないのが悪いかのようにわめき、泣き叫びます。

その身勝手さに周りは思わずひいてしまいます。

ところが、そうしたなつめの無神経な言葉や態度に十川の心が動き始めるのです。

彼自身考えもしなかったケーキ職人の魂と気力が蘇ってきて、要人のディナーのデザートを作ることになります。

なつめのわがままな言葉と振る舞いによって、十川は立ち直っていくわけです。
 

わたしは、映画の最中、なつめの言葉や態度に何度もイラッとさせられました。

こういう人、時々いるよなあとも思いました。

そして、こういう性格の人間とはできるだけかかわりたくないのがふつうだろうと思いました。

しかしもう一方で大切なことにも気づかされました。

もしなつめの性格がとてもよくて、周囲にうまくとけ込むことができて、自己中でなく周囲に配慮ができたとしたら、十村はいつまでも立ち直れなかっただろうということです。

敬和学園の新年度が始まりました。

新しく始めるにあたって、皆さんが一番気になるのは、人間関係でしょう。

これまでとは違う人たちと一緒にやっていかないといけない、うまくやれるだろうか。

1年生はしばらく前では全く知らなかった人たちとの生活が始まりました。

2年生はクラス替えがあって、新しいクラスを見回したら、仲の良かった人がいなくて、逆に自分が苦手と思っていた人と、この人だけは一緒のクラスになりたくないと思っていた、その人同じクラスになった、さあこれからどうしたらいいだろうかとの心境の人がいるかもしれません。

中にはもうダメ、これで自分の敬和生活は終わったと感じている人がいるかもしれません。

3年生敬和生活仕上げの学年なのに、どうしても自分のクラスが好きになれない人がいるかもしれません。

心の中にそういうものを抱えている人、少なくないと思います。

洋菓子コアンドルが教えてくれるのは、こんな性格の人間はいてほしくない、あるいは関わりたくないと考えるそういう人によって、人は救われることがあるということです。

自分が関わりたくない、できるならいないで欲しいと思うその人を通して、自分に必要な力や生きるエネルギーをもらうことがあるということです。

むしろそういう人を神様が送ってくれている、そういう形の神様の導きがあるということです。

完全ではない私たちに今わからない形で、神様は愛してくれているということです。

あいつは自己中だと拒絶をする自分が、気が付けばだれよりも一番自己中であり自分中心にしか物事を考えていないのかもしれないのです。

そこにしっかり気づけたら、今までとは違うものが見えてくるのです。

聖書には神様のなさることは時にかなって美しいという言葉があります。

自分の考えや思いがすべてではないということ、神様の言葉を信じることができたら、状況はいい方向に変わっていきます。

その思いにしっかり立って、新しい年度、2011年度を歩んで行きましょう。