のぞみ寮通信

めぐみ館

2015/05/08

めぐみ通信 No.32(2015年4月30日)

寮祭へ向けての日々~それぞれの向き合う姿~

 新年度はじめの大きなイベント「寮祭」に向けての取り組みの姿から、寮生の持つ力を感じた4月でした。1年生「ステージデビュー」2年生「1年生の出し物のための脚本・演出・構成」3年生「寮祭の礼拝・会食の企画・進行」と、それぞれの学年の向き合う姿から・・・

 

1年生

 入寮・入学と新しいことずくめの4月。経験するどれもが初めてだらけで、気持ちのゆとりも持てない毎日。不安な気持ちの方がずっと大きかったでしょう。緊張続きの毎日、そんな複雑な気持ちの中”4月15日から”寮祭に向けて2年生との出し物の練習がスタートしました。練習には、基本担任は立ち会わずに寮生主体で行われます。台本の読み合わせ・動き・ダンスと2年生のやさしさの中に厳しさのある演技指導!?のもと、日々寮祭当日まで練習に励みました。みんなで完成したこの経験が寮生活の歩みを大きく一歩踏み出し糧になっていくと願っています。

 

2年生

 役割の重責が一番ありました。春休み前から脚本作り。1年生の練習解禁日までは、毎日どのように進めていこうかとミーティングが継続して行われました。昨年は出演する側。今年は演出側。先輩たちがしてくれたことを振り返りながらも自分たちらしく、また1年生ひとり一人が輝くために考えて取り組んでいました。思うようにいかずに悩みも多くありました。一つのことを作り上げることのむずかしさを感じながらも、逃げ出さず投げ出さずにやり遂げたこの経験をこれからの寮生活に活かしてほしいと思います。

 

3年生

 礼拝・会食など寮祭を全面に盛り上げ支えてくれた3年生。1・2年生を温かく見守ってくれる姿は大きな励みでした。

 めざす方向性は同じでも気持ちが一つになることはとても難しい場面や、思いが上手く通じ合わないこと、輪の中に上手く交われないこともありました。うまく進まないことの中でどのように向き合えるか、認めあえるか・気づくことができるかを経験できることも寮生活だからできることだと思います。私たち担任もしっかりとサポートしながらこれからの生活を共に歩んでいきたいです。寮祭におでかけくださったご家族のみなさん。皆さんとゆっくりとお話はできませんでしたがありがとうございました。

※思いがけず、めぐみ館の出し物に出演することになりました。おばさん出演者にみなさん温かく応援してくださりありがとうございました。(小菅)

 

 

 

ボランティア募集

 のぞみ寮ではしょっちゅう「ボランティアお願いします!」という声掛けがなされます。それは、教会のバザーのお手伝いであったり、オープンスクールや入学礼拝時の食事当番であったり、友愛館の大掃除もですし、毎週末の食事の後片付けも…。事あるごとに「誰か手伝って~!」と。この言葉や聞こえてこない週はありません。

 このボランティア募集、めぐみ館ではいつも驚かされます。先日、寮祭・食事会後の食器洗いボランティアを各館で3名ずつ、2年生にお願いすることになりました。寮祭当日はただでさえ忙しい1日。3年生は会場作り、1年生はお楽しみ会の劇の主演をします。でも2年生だってお楽しみ会の黒子です。1年生のサポートしなきゃですから、準備に忙しいはず。それなのに、お楽しみ会直前に食器洗い!?と「キー!」なんてなるんじゃないかと不安が頭をかすめていた私です。しかししかし、そんなことちょこっとでも思ってしまったことが恥ずかしくなるくらい、とっても気持ちよく「やるよ!」と一つ返事だったのです。3年生の食事委員が「誰かお願い。」と声を掛けると「はい!」とすぐ決まりました。素晴らしい!

 よくよく考えてみると、これってめぐみ館のいつもの様子です。何に対しても「誰かお願い!」と声を掛けると「はいよ!」と返ってくる。ボランティアを選出するためのくじ引きもじゃんけんも必要ないのです。毎回、これには驚かされます。なんて気持ちのいい人たちの集まりなんだろう!

 驚いたのはもう一つ。寮祭当日の食事片付けの時です。大きな鉄板を4つも使いましたので、それを運び出すのも、洗うのも一苦労。食事委員たちに洗うのをお願いして、私はちょっとその場を離れ、また戻ってきたら、そこには「大変そうだね!私もやるよ!」と靴下が水浸しになりながら鉄板を洗ってくれているめぐみ館3年生の姿が。。。えぇ~!!!!!ありがとう~!!!!!

 先輩の背中を見て、後輩が真似ます。先輩が当たり前のようにしてくれるから、後輩にとっても当たり前になります。人の為に働くこと、自分の労を惜しまないこと、よく耳にする言葉ですが実はなかなか難しいのではないでしょうか。でもそれが、いとも簡単なことのように、常に、めぐみ館では行われているのです。

すごいなぁ!さすがだなぁ!めぐみっ子!(森口)

 

 

礼拝のお話

3年 A.K

 今回は「夢」についてお話します。私は最近、殺される夢を見ました。このような夢はめったに見ないのでびっくりしました。夢で殺された瞬間に目が覚め、5分程訳が分からず「死んだんだ。」とも思いました。

 こんなに嫌な夢は見たことがなかったので、殺される夢はどんな意味があるのか調べてみました。私が予想していたのは、悪いことが起こる前ぶれなど、悪いほうの意味だと思っていましたが、調べて出てきたのは全く逆でした。殺される夢は、古い自分が死に、新しい自分へと生まれ変わる夢だそうです。困難を乗り越えて願いが叶い、望む未来を得ることができるそうです。

 また、みなさんは夢に好きな人が出てきたことはありますか。好きな人が出てくると、その1日ハッピーな気持ちにもなりますし、夢から目覚めたくなかったな、なんて思うこともありますよね。こんな幸せな夢もどんな意味があるのか調べてみました。好きな人が現れる夢は、せめて夢で自分の思い通りの関係でいようとする、満たされない願望があるとき、夢でその願望を満たそうとして見る夢だそうです。逆に、好きな人が出てきたけど、嫌な夢を見た時の場合は、実はいい兆候だそうです。「嫌われているんじゃないか」などとネガティブな思いが消えて、もっと前向きに相手に向き合えるようになっていくそうです。

 これらから、悪い夢やイヤな夢を見ることは、逆にいい事なんだと思いました。いつか、このような怖い夢やイヤな夢を見たら、この話を思い出してみてください。何かいいことがあるかもしれません。