のぞみ寮通信

光風館

2015/03/09

光風館通信 第443号(3月8日)

◇◆◇45回生卒寮記念特集号◇◆◇

 

< 愛し合っているかい? >

 『自分が愛してもらったように、君たちを愛したい。』私はそのような想いを持って、寮務教師として働くことを決めました。出会いに導かれて、君たちがいるからここに立てていることを感じ、心から感謝します。

 君たちにどんな言葉を贈りたいかと考えていたある日、ネットで見たひとつのサイトがありました。“卒業式に贈りたい名言・格言集”。そこには教師から卒業する生徒へたくさんの素敵な言葉がありました。『今ここがゴールでスタートなんだよ。』『容易な道を選んではならぬ。近道を抜けてはならぬ。』『社会に出て、もうダメだと思ったらしばらく休め。それでも立ち直れなかったら先生を思い出して連絡してくれ。』『卒業したら学校に会いに来ないでくれ。今を生きろ。』ふむふむと読んでいたけど、なんかしっくりこない感じがしていました。ふと横に貼られているリンクを見て、それよりも興味を抱いた記事がありました。

 それは“忌野清志郎の飾らない言葉”。『俺には夢があるんだ!それはこの世界中から戦争が無くなること、それが俺の夢です!』数々の名曲を生み、反社会的な曲を歌ってCD発売中止になったこともある忌野清志郎。喉頭癌との闘病生活でも『癌もロックンロール。これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念したい。』と、前向きに生きていた姿に衝撃を受けました。彼はライブで『愛と平和』と繰り返し、『Yeah!って言え〜!』と叫び、会場を盛り上げ日本のロック界を牽引してきました。その中で一番好きな名言がありました。それは『愛し合っているかい?』という言葉です。

 今、みなさんは隣に座っている人を愛していますか?慕ってくれる後輩や憧れの先輩を愛していますか?同室になった先輩・後輩・同級生を愛していますか?「絶対に合わない」と思っている人のことも愛していますか?そして、ずっと支えてくれた自分の両親を心から愛していますか?

 のぞみ寮は「愛し合うこと」を経験出来る場所です。初対面で「あいつとは絶対に合わない。これからも話すことはないだろう」と感じても、3年後にはこうしてわかり合える仲間になっている。一緒に生活することでたくさんぶつかったし、ケンカもしただろう。でもそのしんどい経験があるからこそ、愛し合える関係性になっていけるんだと信じています。

 誰かを愛し、愛し合うこと。それは難しいことかもしれないけど簡単なこと。その人と本気で向き合って、その人の良さを見つけ、存在を認めることから始まっていく。学年テーマである「愛を持って互いに仕えよ」を心に持ちながら、これから出会う人の良さを認め合い、愛し合える関係性を築いていってほしいと願います。

 45回生は、後輩の心配をしていることでしょう。でも安心してください。自宅学習期間中、45回生の君たちがいなくなったことによって、とてもたくましく頼もしくなっています。私は46・47回生の成長を見ていると、全然心配ではありません。これから光風館が素敵なひとつの仲間・家族になっていくことを信じています。だから45回生の君たちは自分に与えられている課題に向かって、歩み続けなさい。これからの人生、たくさんの困難や課題があるはずです。疲れたら休んでいい。でもまた前へ向かえるようにお互いを支え合いなさい。そして、ここで愛してもらった経験を生かして、これから出会う人へ愛を与えるようになってほしいと心から願っています。これからも君たちの未来を応援し続けます。(2015年3月1日各館礼拝 寮務教師 片岡 自由) 


 

< 光風館45回生ラストメッセージ >

Y.A(新潟県燕市出身) 

 みなさんは勉強が得意ですか?僕は苦手です。中学生の頃、国語・数学・英語が苦手でした。数学の考え方で“マイナス×マイナス=プラス”になるなんて理解も出来ませんでした。

 そんな勉強が苦手な僕がこの敬和学園に導かれて、入学しましたが…やっぱり僕は勉強が苦手でした。勉強に対する姿勢や意欲、やる気がない自分にたくさん出会いました。でもこんな自分が3年間生活出来たのは、45回生の存在があったからです。何にも出来ないマイナスばかりの自分を光風館45回生はプラスの方に持っていこうとしてくれて、たくさん支えてくれました。でも時には、マイナスな自分と人間関係がうまくいかない悩みを持っているマイナスな人と一緒に話すことがありました。マイナス同士が話すことで何かとその話題が盛り上がったり、悩み事がすぐに解決したりということではなく、少しずつ解決の方に向かっていくことを感じ、経験してきました。今ならその“マイナス×マイナス=プラス”っていうことが少しは理解出来ます。マイナス同士が話すことによって、その出会い自体がプラスだし、何かを一緒に解決する方向へ動くと、僕はこの3年間を通して経験しました。誰かに相談したり誰かが支えてくれたり、自分が支えてもらったと思ったら、次は誰かを支える番になってください。そういう敬和生活を送ってほしいと思います。

 

Y.H(大阪府大阪市出身) 

 みなさんは「馬鹿」をやっているでしょうか?私が言いたい「馬鹿」とはふざけた事や意味のないことをするときに真面目にふざけているかということです。

 先日も高校最後の「馬鹿」と称して三人で歩いて月岡まで行って帰ってくるということをやりました。そのためにわざわざしおりまで作る手の込みよう。一見してみるとちゃんと計画しているように見えますが、視点を変えれば手の込んだ「馬鹿」なんです。

 敬和に来て気付いたことがあります。それは人を喜ばせること、笑顔にすることが好きだということです。こんな自分でも何か役に立ちたいという、すがるような想いで被災地支援ボランティアに参加していたんだと思います。しかしやっているうちに人の喜んでくれたことが自分の中でも喜びになっていたのです。

 4月から大学に進学しますが正直不安でなりません。家族とも言える光風館のみんなと会えなくなること。自分にとっては光風館のみんなと過ごすことが「日常」になってしまっているので地元に戻ると「非日常」になってしまうわけです。ですが、私は地元に戻るとみなさんのことを思い出すつもりはありません。『思い出す』ということはその時点まで忘れていたということになるからです。家族同然のみんなとの記憶を忘れたくないので思い出すではなく、思い続けていきたいです。

 

 

 

 

W.K(千葉県八千代市出身) 

 みなさんは今まで出会った人たちを覚えていますか?世界には知っての通り、何億人の人たちがいます。その中でひとり一人に出会うと考えてください。今まで出会ってきた人たちは、奇跡的に出会うことが出来たと思いませんか?

 しかし、僕は敬和生活を通して人と出会うことは、偶然や奇跡ではなく神様の計画、また導きだと思います。産まれてから死ぬまでの人生で出会う人は、すべて神様が自分のために会わせてくれた人たちではないでしょうか?もちろん、出会う人すべてが気の合う人とは限りません。しかしそのひとり一人との出会いは、自分を大きく変え、成長させてくれる大事な人たちだと思います。また出会った人を受け入れることで、自分に与えられた人生を受け入れることが出来ると思います。

 私も光風館のみなさんに出会えて、あまり変わっているように見えないと思いますが、自分では大きく変わったと思います。これから1・2年のみなさんは新入寮生との出会い、私たち3年生はそれぞれ新たな出会いがあります。この出会いを無駄にせずに受け入れ、大きく成長しましょう。みなさんとの出会いは素晴らしい出会いであり、みなさんに出会えたことを誇りに思います。

 

I.T(茨城県龍ヶ崎市出身) 

 みなさんは一日一日を大切に過ごせていますか? 1・2年生、時間は有限だということを忘れないでください。君たちが過ごすこの時間は本当に何よりも価値のあるものだということを忘れないでください。敬和は“自ら動いてなんぼな場所”です。チャンスは自分で作り出す意思が大切です。

 君たちにお小遣いがあります。46回生には10,567円を。47回生には19,325円を。あなたならこれを何に使いますか? お小遣いと言いましたが、このお金は君たちが高校生としていられる残りの時間を1時間あたり1円に直してみたものです。だから、私がプレゼントするものではないし、みんながすでに貰っていると考えることも出来るでしょう。

 『人生は神ゲー』です。君たちの高校生としてのプレー時間はまだたくさん残されています。どうか、たくさんの挑戦をして下さい。そしてできれば、たくさんの失敗を経験してください。どんな失敗があっても君たちには帰って来られる場所があります。光風館は一つの家族です。だから、お互いを支えてください。仲間であり、兄弟であり、時にはライバルであり、そんな仲間が常に隣にいるんです。今、君の周りに座っている人たちは決して君のことを裏切ることはありません。だから、絶対にその人たちを裏切ってはいけません。それは「喧嘩をするな」ということではなく、ぶつかっていいんです。時には嫌いになることもあるでしょうが、それでも家族なんです。

 45回生の仲間が寮でも学校でもいるから何でも安心してできました。本当に濃密な毎日でした。伝えきれないほどの感謝があります。俺にとってここで過ごした時間は何よりも大切な宝物になりました。本当にありがとう。

 

 

S.T(新潟市東区出身) 

 私は敬和で「パンダ」と呼ばれています。パンダと呼ばれるきっかけは入学礼拝の日、教室で一通り自己紹介が終わり、帰る時に「君、パンダに似ているね」と一言かけられたのです。それから彼と会うと必ず「よっ、パンダ!」と声を掛けられるようになりました。そのやり取りを周りの人が聞いて、私はパンダと呼ばれるようになりました。

 「パンダと私のどこが似ているのか?」と名付け親に聞いてみると「メガネ」と言われ、凄く簡単な理由で名付けられたことがわかりました。そこから私を下の名前で呼ぶ人はいなくなり、友達や先輩にパンダが浸透した後、先生からも呼ばれるようになりました。そんなある日、自分に電話がかかってきた時、「S.Tさんなんて人いたっけ?」という会話を聞いて、ちょっとショックだったことを憶えています。

 私はこの敬和生活で「Sパンダ」として生きてきました。「Sくん」とは呼びづらくても、みんなは「パンダ」とすんなり呼んでくれます。それはたぶんパンダという名前が動物の名前であり、やわらかいイメージを持っているから呼びやすいのだと思います。だからいろんな人と接することが出来て、親しんでもらうことが出来たのだと思います。パンダと簡単に付けられた名前でも、「Sパンダ」という名前がこの敬和生活を形作ってくれたと思います。「パンダとしての3年間=敬和生活」だと自分は思います。私の中のパンダはとても大切な時間を過ごしてきた名前です。

 

N.R(タイ バンコク出身) 

 みなさんは「人間関係」をどうしていますか?私は寮に入る前までは、ほかの人との間に壁を作っていたように思います。そこそこうまく人と関わって、学校生活も毎日が楽しかったように思いますが、ほかの人と自分との間に壁があるように感じられることも多かったです。それは自分を含めみんなが本気で自分の中身をさらけ出すこともなかったし、その必要もなかったからなのだと思いました。寮に入ってから私は感じていた他人に対する壁を思い出すこともなく、壁はなくなりました。それは相手から入ってくるものだけではなく、自分の中から出ていくものもあるということです。しかし、壁がなくなり自分の欠点、ダメなところ、嫌なところ、全てがさらけ出されました。

 敬和ではよく「自分探し」と言われますよね?まさにそれです。私ははじめに自分の欠点を知った上で、寮の人たちと関わっていかなければならないのです。大変で恥ずかしかったし、つらくもありました。そして今、その頃から3年もの時が経ち、私が“寮の人たち”と認識していた人たちは、“かけがえのない仲間”になりました。時に嫌いになり、時にぶつかった人たちも今では仲間です。それはお互いが許し、許されて信頼し合っているからだと、そう思いたいです。

 新潟は寒いです。この寒い冬が終わりもう一度雪が降ったら、1年生は後輩が出来て、2年生は卒業が近づき、3年生は大学にもう慣れていることでしょう。『時間は有限』とよく言われることです。しかし、その時間を無限の可能性に使い、楽しむことは出来ます。私たちは、この寮に入った時点でそのチャンスを与えられています。後悔しないように、自分で作る障害物を取っ払って、本気でぶつかり合い、本当に語り合える寮生活を楽しんでみてはどうでしょうか?

 最後に3年生のみなさん、本当にありがとう。寮生活をし、大切な仲間が出来て私は幸せでした。

 

O.Y(京都府京都市出身) 

 私は才能というものは存在しないと思っています。全てはやってきたか、やってきていないかだと思います。全て生まれつきのものではなく、努力によるものだと思います。何かについて秀でたり上手くなったりするためには、膨大な努力と労力が必要になると思います。そこに近道はありません。そのように見えるものがあったとしても、幻覚です。そもそも「どうやったら上達するのか、どうすれば上手くいくのか」のような疑問は実際に悩み、苦しむ中で見つけていくものだと思います。

 世に溢れている「○○でもわかる。30分でもわかる」などと触れ込んでいる本は、こういった苦労やプロセスを無視しているのだと思います。本当に正しく価値のあるものは、本人にしかわかりません。上達とは視点が変わることだと私は思います。はじめは何を言っているのかわからない、何をやっているのかわからないことも練習する内にわかるようになっていきます。それを繰り返して、はじめにわからなかったものに戻ってみると、いとも簡単に理解出来るようになっていると思います。スポーツや楽器なら身体の一部のようになっていることも感じるのではないでしょうか?同じモノを見たり、感じたりしても違うモノに感じるということです。神がかり的に見える演奏やプレーもそれをしている本人からすれば、当然のことなのかもしれません。

 私たちには、多くの時間が与えられています。毎日を大切に生きましょう。

 最後にライプニッツという人の言葉を紹介します。『1時間を浪費する者は人生を浪費する。』

 

T.H(新潟市北区出身) 

 せっかくなので後輩のみんなにメッセージを送りたいと思います!

 46回生のみなさん、これから増えていく後輩の数とは大違いに、人数が少ないですよね。46回生のみんながこの2年間を通して成長してきたのは、私たち45回生が一番よく知っているし、信頼もいっぱいです!何よりひとり一人が明るくなって、寮の中でも笑顔をよく見ることができる様になったのが、一番の喜びだと思っています!47回生のみんなもまたワンステップ踏んで、成長していく姿がとても気になります。

 卒業を前に、みんなの明るい笑顔が見られてとても嬉しかった!明るい後輩ほど、宝物はないと思います。寮にはたくさんの仲間がいるということが、今の自分には羨ましいなあと思います。今はそんな実感ないと思うけど、この先きっと心から感じるものがあると思います!そんなみんなにも、自分は明るく元気に過ごしていってほしいと思います!残りの敬和生活、悔いの残らないように送っていってね。

 

T.R(大阪府堺市出身) 

 敬和に来て良かったことは様々な理不尽に耐えることで、強い忍耐力と黙ることの大切さを学んだことです。最初はそれぞれに腹を立てたり、かみついてしまったりしました。しかし、長く敬和で過ごすうちに、それらを真に受けない『スルースキル』を身につけていたのです。これは、これからの社会に出て行く上で必要不可欠な能力だと思います。私はこの能力に『敬和力』という名を付けました。

 敬和は寮生が圧倒的に有利です。その中で学ぶことはたくさんありました。私達のような力をもった寮生に囲まれて、生きてきた通学生の方々は少ないチャンスをものにする力を。そして私達寮生は人を引っ張ることの難しさと責任を学ぶことができたと思います。

 つまりは敬和に感謝したいのです。ありがとう。ここに残る皆さんは、これからも大変でしょうが、微妙に寂しい私達の背中が、少しでも道標になっていれば幸いです。そして共に生き抜いてきた友よ。私達はきっと美しい。それではまた、いつの日か。

 

I.H(新潟市西区出身) 

 私がどうして3年間寮生活を続けられたか考えてみると理由は2つありました。

 1つ目は学ぶことが多かったからです。大勢の人と24時間いるということは大変です。多くの人と常にいることにより、相手のよいところ、自分の悪いところ、自分の持っていない考え方など自分の知らなかった物が次々に表れてくると思います。それを自分への学びとしてとらえることが私には多かったと思います。それを自分のものとして活かすことは出来ませんでしたが、幅を広げることができました。

 2つ目は多くの人に支えられたからです。これが一番大きいです、寮や学校をやめる機会は少なくありませんでした。そのたびに先生や同じ光風の仲間が支えとなってくださいました。本当にありがとうございました。

 今は支えてくださったみなさんに感謝を伝えることしかできませんが、いつか恩返しをできるように生きていきます。

 

O.N(東京都江東区出身) 

 寮生で良かったと感じたことは、生徒同士の関係が深いこと、学校が近いこと、夜飯が一緒に食えることです。本当に幸せでした。血は繋がってないけど寮のみんなは最高の兄弟です。もし困っていたらどこでも飛んでくるスーパーマンだと信じています。 

 僕が出会った言葉を紹介します。「自分にしかできないことで勝負しなさい」と、昔から母親に言われている言葉です。フェスティバルの時に何度もこの言葉に救われました。野間先生からは「ここにすると決めたなら、ここにすると決めればええんや!」と。僕は物事をしっかり決めるのが得意では無く、困っているときにこの言葉に出会いました。そして祖父から「例えば会社では間違った考え方してるかもしれへん。それが正しいとNにも言いつけるかもしれへん。でも自分の考えも大事や。信用される人になりなさい。ずるい人は信用されず、嘘つかない人は信用されるで」これから社会に出ていく僕にくれた言葉でした。このように言葉は大事なんです。

 でも、人生で一番僕を動かした言葉があります。それはラグビー部の先輩の言葉でした。タックルを外された時に「お前ヒョロいな」と上から見下されたような言葉に腹が立ちました。その後、体育館での筋トレを続け、飯3杯に夏休み中にコアトレーニングして、プロテイン一日13杯飲み続けました。そして夏休み明けに体重計に乗ると、入学時75kgの体重が90kgになりました。継続は力なりという意味を実感しました。ですが50m走は6秒7から8秒1まで落ちました。

 言葉が人に与える影響は計り知れません。言葉は人を動かす力を持つとともに、殺す力も持ちます。みなさん、人生で言葉に出会いましょう。

 そして最後に敬和生活を送る上で、ある言葉が出来ました。この言葉を皆さんにプレゼントします。『完璧な人間の成長はそこまで。弱い人間の成長は無限大。』

 

 

T.Y(村上市出身) 

 私が入寮して変化したことは体型です。普通は考えや気持ちが変わったって言うところですが、私にとって濃い印象を残しているのです。入寮当初の体重は、約78kgでした。敬和に来て部活では何に入ろうか迷っていた時、同じ部屋の先輩がバレーボールを勧めてきました。最初は体力もなく、バレーボールをやったことがなかったので、たった2時間の練習がすごくきつく感じました。その結果2年になったときは63kgになり、15kg減らすことに成功しました。

 では、私はなぜここまで痩せることができたのでしょうか。それは運動したことが一番の理由ですが、なぜその運動を続けることができたのでしょう。今の世の中、健康食品やサプリを摂取し、きつい運動をしなくてもこれを使えば楽に痩せられる運動器具など、様々な方法はあります。しかし私はきつかったものの、それをやりきった達成感や次の段階に進んで成長を感じ、最終的には楽しくなっていくことが出来るようになりました。つまり継続出来たのは楽しかったからです。

 この楽しいことは寮生活にも関係しています。今、寮にいたくない、帰りたいと思っている人、それは楽しんでいないと思っています。私だって楽しんでいなければ痩せてはいなかったし、たぶんここには残っていません。45回生はここにいる時間は残されていません。私からみなさんに楽しむ方法やコツなど教えることは出来ません。でも楽しい寮と楽しくない寮、どっちがいいと聞かれたら決まっていると思います。楽しくない、つらい時間はいつどこで起こるかはわかりませんが、いずれやってきます。しかしそれを我慢し乗り越えられたら絶対に楽しい時間がやってきます。大いにこの寮生活を楽しんでください。それが出来ていれば、私は嬉しいです。

 

N.H(村上市出身) 

 手紙〜45回生のみんなひとり一人へ〜

 私が敬和生活で感じたことはたくさんあります。その中でも『人は出会いで変わる』ということを考え、感じてきました。人は出会いひとつがきっかけとなり、いい方向にも悪い方向にも行くことがあります。この光風館・敬和学園での出会いは私にとって、素敵な成長するきっかけとなりました。でもこの敬和生活は分岐点でしかありません。これからもっと自分自身が成長出来ると思うし、みんなも成長してほしいと思っています。だから他人が魅力的に見える時もあるし、人生っておもしろいんじゃないかなと思います。

 

A.T(新潟市西蒲区出身) 

 この光風館での寮生活は、とても充実していたなあと思います。通学生とは違い、寮という家に帰ればそこにはたくさんの仲間が居る。そんな事はこれからの人生で、もしかすると最後かもしれませんね。本当に色々な出来事があり、みなさんにもいっぱい迷惑かけたと思います。こんな自分と関わってくれたみんなに本当に感謝しています。心を込めてありがとう。

 今、みなさんの中に学校の事や寮ですごく辛くて苦しい、そんな風に悩み苦しんでいる人がいるのではないでしょうか?想像してください。一年後のあなたはその悩みを覚えているでしょうか?覚えてないと思う人、つまり1年後のあなたは既にその悩みを乗り越えているということです。だから、すぐに解決しようと思わずに一旦立ち止まって、時に身を委ねましょう。いつか笑える日がきます。

 一年生のみんな、まだ敬和生活はスタートしたばかりです。二年生になると後輩も出来て、環境がガラッと変化します。自分の経験上、二年生が三年間一番の頑張りどころです。頑張って下さい。

 二年生のみんなはこれから最上級生ということで寮でも学校生活でも引っ張っていかなくてはいけません。フェスティバルなどで大いに活躍して下さい。期待しています。

 そして三年生のみんな、ここにいるみんなと高校生活という青春を共に過ごす事が出来て、とても幸せでした。本当にありがとう。これからここにいるみんなはバラバラになります。どうかその行く先でも活躍することを願っています。

 

I.H(東京都渋谷区出身) 

 私は壮大な寮生活と言う名の渦にもまれ続けました。この経験が今の私を形成していると言っても過言ではありません。そして、今の私は確固たる何かを得たという確信があります。しかし、今の私に至るまですべてが順調というわけではありませんでした。

 私を変えたのは、寮生活で生まれた数々のあだ名でした。寮のみんなは私に比べて生き生きとしていると同時に、自分の気持ちをストレートにぶつけてきました。この時、あることに気が付かされました。それは過去の自分に囚われ、過去に生きている私に対して、寮のみんなは今を必死に生きているということでした。このことに気がついた後の私はみんなの知っている私になりました。

 私は三年間を通してあることを学びました。焦っていた頃の私は、自分の中にある小さな世界しか見えていなかったのです。また一人一人が自分の世界を持っています。その中で敬和での寮生活とは、その幾つもの異なる世界が共存するための宇宙なのではないでしょうか?宇宙は無限の可能性を秘めています。それは私達も同じです。世界同士が互いにぶつかり合い、歪な形になりながらも成長していくのです。

 自分の中に存在する世界は心と同義なのです。自分を飾る必要などありません。失敗しても良いのです。成功ばかりの人生なんてつまらないとは思いませんか?失敗のおかげで私はみんなに出会えました。失敗に感謝したいくらいです。寮生活は宇宙です。無限の可能性を持つ寮生活を活かすも殺すも自分次第なのです。これが寮生活を通して学んだことです。

 

K.K(長野県長野市出身)

 私からみなさんに三年間の敬和生活を通して考えさせられたことを伝えたいと思います。「人には適材適所がある」という言葉です。いわゆる、人には人の役割があるということです。

 みなさんは寮生活をしていて「自分は何のためにここにいるのか?自分は人の役にたっているのか?」などと考え、悩んだことはありませんか?私も生徒会の時、思っていたことがありました。私の周りには仕事のできるメンバーばかり、私は生徒会長として、何をしたらいいのか考え悩んだ時がありました。そのときに言われたのが、「人には適材適所がある」という言葉です。それから私は自分のできることを精一杯やり、自分のできないことは人に任せるなど物事を簡単に捉えられるようになりました。自分の存在意義などに悩んでいる方々、必ずみなさんひとり一人には役割があるということを忘れないでほしいのです。自分には何の取り柄もないと感じるのは間違いで、周りから見ればその人にしかできないことが必ずあるのです。自分が何をすることができるのか探して見つけてください。また、その人にしかできないことを見つけてあげてください。それはお互いの長所を伸ばしていける方法でもあると思うのです。一日一日を適当に過ごすのではなく、その人に合った、その人にしかできないことを見つけ、探してあげてください。

 挑戦することを恐れないでください。敬和学園は失敗していい学校です。ぜひ、挑戦する心を忘れないでください。

 

K.T(福島県南相馬市出身)

 人との出会いのすばらしさについて感じてきたことをお話します。僕はとても人見知りでうまく自分のことを周りにアピールできる人ではありません。この性格で今まで過ごしてきた僕はたくさんの後悔がありました。言いたいときに言いたいことを言えず、遠慮して失敗してしまったら、「そんなもん」と決め付けてその場しのぎをたくさんしてきました。しかし、そんな僕を変える大きな出来事がありました。それは震災でした。震災があり、たくさんの人と離れ離れになることがありました。時間が経つにつれて「~しとけばよかった」や「お世話になりました。ありがとう」などと言えずに後悔している自分がいたことに気付くことがありました。そのことがきっかけでその後、たくさんの人と話し、たくさんの人との出会いを大切にしていこうと自然になっていきました。

 それから1年後に敬和に来て、たくさんの出会いがあり、関わり、知って、話して、考えさせられて、充実していました。そんな中で45回生との出会いは素敵なもので、大きかったです。

 

Y.M(村上市出身)

 「運命」とは何でしょうか?言葉の意味としては「人間の意志を超えて、人間に幸福や不幸を与える力のこと」、「人生は天の命によって定められているとする思想に基づいて考えられている、人の意思を超えて身の上におきる禍福」とあります。簡単に言えば、「自分の生きてきた道はあらかじめ神や、それに準ずる存在によって定められている。この考え方は人間の歴史に古くから根付いています。たとえば中国の王朝の誕生は天から人へ役割を与える天命という考え方があり、宗教の面でも多くの宗教がこの運命論に基づいた思想を展開している。私たちのいるこの敬和学園もそのような思想を基にしています。私自身、運命というものの存在を信じていました。ですが、疑問に思いませんか?何故、訳もわからん輩に自身の行き先を采配されなければならんのだと。私がこのような疑問に至った大きな理由として挙げられるのは、多くの作品との出会いです。私の価値観は1割が見聞で残りの9割が作品との出会いです。その多くの作品の中から紹介しながら、最後に皆さんに伝えたいことを話していきたいと思います。

 みなさんは結婚するでしょうか?結婚願望はなくとも、恋人を作りたいと真に思っている人は学年問わずいることでしょう。自分の最も愛しい人との生活を想像できましたか?では、そんな日常のさなか、ガンによる余命宣告を受けたらどうしますか?

 そのような状況におかれているのが今回紹介する一つ目の作品「Breaking Bad」の主人公・高校化学教師ウォルター・ホワイトです。

 二つ目の作品は私が中学の時に雇っていた家庭教師の人にオススメしてもらった漫画で、それ以来私の心のバイブルとして読んできた作品です。タイトルは「The Five Star Stories」です―

 さて二つの作品を紹介してきましたが、私が皆さんに伝えたいことは『自分の生き方は自分が決める』ということです。実際にこれを実行している人はとても少ないと思います。私も行えているとは思っていませんが、意識することはできるはずです。人という種はどこまでいっても自分勝手な生き物で、周囲に抑圧されて生きるのはとても窮屈です。人が生きる時、重要なことは「何をするか」ではなく「何をしたいか」なのです。やりたいことをやっている時こそ人は最も輝けるのだと私は思います。自由に生きてください。運命なんてなく、自分の人生を作っていってください。

 

 

M.M(長野県安曇野市出身)

 43・44回生の先輩たちが笑わせてくれるから毎日退屈しなかったし、何よりいろいろとスゴかったので尊敬していました。46・47回生のみんなにはかっこいい姿などあまり見せられなかったけど君たちがついてきてくれたから寮も学校も成り立っていました。45回生のみんな、入学礼拝からあさっての卒業礼拝までずっと一緒でした。45回生は本当いい奴ばっかで、支えでした。共にいた日々をありがとう。やっぱりこの3年間、また自分の中心にあったのは寮生活でした。寮生活は今までの常識をひっくり返してくれました。仲間が毎日そばにいて食事や風呂も一緒。毎日何かしら事件が起きる。仲間を笑わせたり、笑わせられたり、怒らせたり、寮に入ってからはそんな今まで非常識だったことが毎日起こりました。そしてその非常識もいつからか常識になり、最初は冗談じゃないと思っていましたが…住めば都で楽しい日々に変わっていきました。この思い出の詰まった3年間は自分の力だけで得たものではなく、仲間や先生がいたから得ることができたものです。