毎日の礼拝

校長のお話

2011/03/01

「国境なき芸能団」(ヨハネによる福音書2章8~11節)

「国境なき医師団」というNGO組織があります。
国境なき医師団は今から40年前、アフリカナイジェリアの戦争の時に、救援活動に参加したお医者さんたちによって組織されました。
それ以来、世界各地において戦災、天災、飢餓などによって苦しむ人々の救援活動をしている団体です。
日本からも4000人以上のお医者さん看護士さんが毎年参加しています。
阪神淡路大震災、中越大震災の時にも活動しました。
年間3000円の会費が100人の命を救う薬や活動になるといわれています。
わたしとわたしの家族も年会費を納めていますので一応会員です。
国境なき医師団はいうなれば大変真面目な団体です。
 
その国境なき医師団によく似た名前の団体があります。
それを「国境なき芸能団」といいます。
国境なき芸能団、名前を聞いただけでも、これは何かあると思う団体です。
5年ほど前に作られました。
「国境なき芸能団」を作ったのは笑福亭鶴笑という落語家です。
鶴笑は落語家の自分にも国境なき医師団の活動に何か役に立つことがあると、協力を申し出たところ、むしろ別の団体を作って活動してはどうかとアドバイスされて、それならということで「国境なき芸能団」を作りました。
笑福亭鶴笑といわれても、ここにいるほとんどの人が知らないと思います。
それなりに売れている落語家ですが・・・。
同じ笑福亭でも鶴瓶ならほとんどの人が知っているはずです。
鶴瓶は今日本で一番知られている芸能人と言われています。
それでは世界で一番知られている落語家が誰かと言いますと、それは鶴笑といえます。
鶴笑の持ちネタにパペット落語があります。
パペットというのは操り人形です。
落語というのは日本の伝統芸能です。
言葉のやり取りがわからなければ面白みがわかりません。
鶴笑はその落語のおもしろさを外国の人にもわかってもらいたいと考えました。
そのためにはどうしたらいいか考えた、その結果、噺に合わせてパペット、人形を作って、その人形を動かすことや表情で、落語のおもしろさを表現しようとしたのです。これが大変受けたわけです。
鶴笑は落語で「世界中の人を笑わせよう」との野望をもっていて、世界各地で公演をするうちに各国の有名なパペットフェスティバルで賞をもらいます。
やがて出演の依頼がどんどんきて、2000年からは活動の拠点をシンガポールに拠点を移します。
鶴笑の凄い所は、今に満足しないでシンガポールで大成功したあと、そのすべてを捨て、4年後には知り合いもいないロンドンに移ります。
出演させてもらおうと訪ねた劇場では門前払いされます。
けれどそんなことにはめげず、鶴笑は着物姿でストリートに立ち、一番隅の場所でパフォーマンスを始めます。
すると芸が受けて、人が集まってきて人気者になり、やがて門前払いをした劇場からも出演の依頼が来るようになります。
その鶴笑が大切に考えてきたことがあります。
それはおもしろいことをして、ただ笑ってもらうのではなく、「人の役に立つ笑いをしたい」ということでした。
そこで、国境なき医師団に協力を申し出て、結局自分でNPO法人の国境なき芸能団を作ったわけです。
 
国境なき芸能団は昨年の12月にイラクで公演をしました。
最初の公演地は赤十字のボランティアも入ったことのない難民キャンプでした。
鶴笑はパペット落語ザ・サムライで、忍者と侍がモンスターをやっつける噺をしたのですが、これが大うけで、笑いの洪水になりました。
公演の後、一人の少女が鶴笑に言ったそうです。
「戦争が始まってから、こんなに笑ったのは初めてです」。
アメリカが始めたイラク戦争が始まって7年が経ちます。
ということはその少女は7年もの間、笑うということができない生活をしなければならなかったということです。
イラク戦争で死んだ民間人は11万にといわれています。
そして200万人が難民生活をさせられています。
その人たちの多くもまた少女と同じように、毎日の生活の中で笑うことができていないということになります。
実際イラクには心の傷の深さから、笑うことを止めてしまった子どもたちがたくさんいると言われています。
自分の経験からもわかりますが、不安なときに笑うことはできません。
笑うにはまず安心と平和がなくてはならないということです。
鶴笑は笑いの国際貢献を続けることが、平和を作り出すことになると考えているわけです。
 
わたしは笑福亭鶴笑と国境なき芸能団の活動からイエス様と弟子たちの働きを思い浮かべることができます。
今日の箇所はイエス様が結婚式のお祝いの席で、やって来た人が多かったのか、それとも出席者が良く飲んだのか、お祝いの席になくてはならない用意したぶどう酒がなくなって、どうすることもできなくて、家族が頭を抱えているときに、イエス様は樽の水をぶどう酒に変えた奇跡が書かれています。
水をどうやってぶどう酒に変えたのか、それは定かでありませんが、わかることがいくつかあります。
それはこの奇跡がイエス様の行った最初の奇跡だということです。
樽に入っているはずの水が、今まで飲んでいたぶどう酒よりもはるかにおいしいぶどう酒に変わっていることがわかったとき、そこに再び笑顔、笑いが戻ってきたことでしょう。
イエス・キリストの行った最初の奇跡が、水をぶどう酒に変えることであった、それだけで笑いそうになります。
そして、イエス様の奇跡は誰かを驚かすためのものではなく、水をぶどう酒にですから、まさに喜ばせるためのものであったということです。
日本がイラクなどの戦争、紛争地域にできる国際貢献は自衛隊を送ったり、沖縄の米軍基地を維持することでしょうか。
国境なき芸能団のように、人と人の交流をすることです。
そう考えると、わたしにも平和に貢献できることがたくさんあることに気づかされます。