自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2021/06/11
校長 小田中 肇
【聖書:旧約聖書 イザヤ書 55章10-11節】
雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種まく人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしのもとには戻らない。
今日はいよいよフェスティバル当日です。去年に引き続き、今年もコロナのために縮小された形になりました。しかし、様々な制限のなかで、本部と連合が協力して準備が行われ、今日を迎えることができたことを、大変、嬉しく思います。
敬和のフェスティバルの最大の特徴は、生徒が中心となってつくり上げることです。今年も熱心に、準備に取り組む多くの姿がたくさん見られました。
特に3年生は大変だったと思います。1,2年生は、この準備期間をとおして普段、あまり話すことのない3年生と接することができたと思います。
いつもの先輩とは違う、必死で本番に間に合わせようと取り組む姿に出会ったと思います。そしてこのような触れ合いをとおして、1,2年生は3年生から何かを学んだ筈です。
3年生は、完全な形のフェスティバルを経験している最後の学年です。是非、自分たちが経験したことを、1,2年生にしっかり引き継いで欲しいと思います。
ところで、このフェスティバルをとおして、代々、伝えられて来たものとは何でしょうか。
私は、生徒が自分自身で、自分たちの行事をつくる、自分たちの学校をつくるという精神だと思います。やらされるのではなく、自分たちでつくる、だから敬和生は行事の中で、輝けるのです。
では、生徒が中心となってつくるという、敬和のこの精神はどのようにして生まれたのでしょうか。
それは敬和の歴史と関係しています。敬和学園は校舎やグラウンド、体育館やチャペルなどが、今のように、整ってからスタートした学校ではありませんでした。
54年前の開校当初、建物は現在の女子寮「みぎわ館」の1館だけでした。その1,2階が教室で、3,4階が寮という変則的な形です。
独立した校舎はまだありませんでした。グラウンドも不完全なものでした。体育館ができたのは開校3年目、チャペルができたのは30年目です。
当時、敬和生はそのような、不便な状況の中、自分たちの学校を作るために、自ら汗を流して働きました。今、労作の授業があるのもそのことと関係しています。当時、テニスコートも労作の授業で造ったといいます。
教師の力だけで、この学校は出来ませんでした。生徒が教師と力を合わせ、自分たちの学校をつくる、それが敬和の元々の成り立ちなのです。
そしてフェスティバルの取り組みの中に、その精神は、もっともよい形で伝えられて来ました。だから、コロナのために、制限が加えられても、それを乗り越え、自分たちのフェスティバルを成功させる力強い精神が、皆さんの中には受け継がれているのです。
自信と誇りをもって、今日、一日のプログラムに参加し、すばらしいフェスティバルにしてください。
今日の聖書です。「雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、種まく人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとには戻らない。」
これは神様ご自身が、預言者イザヤに語った言葉として伝えられているものです。神様の言葉は、空から降る雨や雪が大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせるように、この地上で、必ず実を結ぶというのです。
先日、フェスティバル本部長のSさんが、礼拝のお話で、素敵な言葉を紹介してくれました。
「樹木にとって最も大切なものは何か、と問うたら、それは果実だ、と誰もが答えるだろう。しかし、実際は種なのだ。」(ニーチェ)
樹木にとって最も大切なのは、種だというのです。Sさんは、フェスティバル本部の存在を、この種にたとえました。
地に蒔かれた種は、芽を出し、成長して、大きな花を咲かせます。自分たちも、地に蒔かれたその種のように、見えないところで、すべての土台となって、皆のフェスティバルが、大きく花開くのを支えて行きたい、そのように自分の気持ちを話してくれました。
本部長らしい、すばらしい言葉だと思います。
この世界を創り、導いてこられたのは神様ご自身です。それがキリスト教の信仰です。
しかし、私たちは、神様の存在に、なかなか気がつきません。神様は、見えないところから、私たち、一人ひとりを見守り、成長させてくださっているからです。
私たちに告げられている神様の言葉にも、私たちは気がつきません。
しかし、神様の言葉は、空から降る雨や雪が、大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせるように、この地上で、必ず実を結びます。
今日までの準備、本当に、お疲れさまでした。あとは神様が支えてくださいます。その恵みを憶えて、備えて来たものを、力いっぱい発揮してください。そして思いっきり楽しんでください。では、お祈りします。