月刊敬和新聞

2020年10月号より「自分にできる最善を考える」

校長 中塚 詠子

不平等への抗議
 アメリカの「TIME」誌が毎年恒例にしている「世界で最も影響力のある100人」にプロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手が2年連続で選ばれました。推薦文はアメリカの女子バスケットボールのスーパースター、マヤ・ムーア選手が執筆しています。大阪選手は全米オープンで人種差別や警察による暴力の犠牲者の名前が書かれた黒いマスクを7枚用意し、試合ごとに着用しました。そうすることでBLM(Black Lives Matter 黒人の命も大切)という主張への連帯を示し、世界的に注目を集めました。ムーア選手は推薦文の中で全米オープンでの優勝について「卓越したアスリートとしてのパフォーマンスをもって、こんなにも美しく物語を揺り動かしたことに感銘を受けた」とつづっています。
 大坂選手は、全米オープン前のウエスタン・アンド・サザン・オープンでは、黒人男性が背後から警察官に撃たれた事件に対する抗議として、試合の棄権を表明しました。「私はアスリートである前に一人の黒人女性です」と自己認識をしっかりと示し、今の時代にあっても人種差別のやまない世界へのアピールをしたのです。大会の主催者側が「人種の不平等と社会的な不公正への抗議」を示すため、8月27日の全試合の延期を決定したことを受け、大阪選手は延期後の試合に出場しました。

トップアスリートだからこそ
 スポーツ選手が政治的な主張をすることは望ましくないとされた中で、大阪選手の行動は相当な勇気が必要だったはずです。そんな中で、自分に出来ることは何か。自分にしか出来ないことは何かを考え、一黒人女性、一社会人として発せられた抗議のメッセージは、全世界の人々に響きました。全世界の注目を浴びる中で用意した7枚のマスクをすべて使用するという強い意志(それは決勝まで勝ち続けることを意味します)が大阪選手を優勝に導いたと分析する人も多くいました。
 大坂選手の行動に対しては「スポーツに政治を持ち込んでいる」という批判もあがりましたが、大坂選手は全米オープン優勝後、「Black Lives Matterは決して政治ではない」として「(批判が)かえって勝利へと奮い立たせてくれた」と強い意志を改めて表明したのです。大阪選手は二つの大会への参加姿勢を通して、グローバル化、多文化化された将来を象徴する人物となりました。もちろん才能や努力に裏打ちされていることは言うまでもありません。

自己理解と行動
 大坂選手はSNSを使って一連の行動がどのような考えでのものなのかを説明しています。それに賛同して錦織圭選手ら複数のアスリートが自身のSNSを通じて画面を黒一色にして抗議を表明しました。
 さすがに世界トップクラスのアスリートたちが発信したものは瞬く間に世界中の話題となり大きく報道されました。そうなることを期待して発信した側面もあるでしょう。その影響力の大きさにも驚かされます。そして思うのです。この人たちだからできることであって、私にはできないことだなあと。
 私には全米オープンに参加することはできません。もし私が画面一面真っ黒にしてSNSに投稿しても、そのことが世界中に報道されることもありません。大阪選手たちの行動は影響力のあるトップアスリートであるから紹介されたのです。

疲れてひるむ日常の中から
 しかし、一方で当然のことに気づかされるのです。プロテニスプレイヤーの大阪選手がテニスの大会で自分の意思を示したからです。大坂選手にとって大会に出場することは最も優先される日常です。体調管理やトレーニングといった努力はすべてそこに収れんしています。その日常の中で自分の意思を表し、不平等に否と叫んだことに価値があると私は思うのです。大坂選手にとってはそれがテニスだったということです。
 その人の日常の延長線で、その人がいつも行っていることに少し工夫して、連帯し、貢献できるのだということではないでしょうか。料理研究家であれば食を通して、芸術家であれば作品やパフォーマンスを通してということになります。では、「私」のやり方はどうでしょう?どうすることが「私」の意思表明になるのでしょう?
 大坂選手のように集中し、勇気を持ち、自分自身の行動を信じて成し遂げることは簡単ではありません。時には疲れ、批判にひるむこともあるでしょう。けれども聖書(イザヤ書35章3節)は「弱った手に力を込め よろめく膝を強くせよ」と私たちを励まします。疲れによろめき批判にひるむ私たちです。でもそれがあたりまえの日常です。
 敬和学園の学びの中で「自分にできる最善の方法」を探してほしいと思います。