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	<title>敬和学園高等学校 &#187; 月刊敬和新聞</title>
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		<title>2023年7月号より「神は良しとされた」</title>
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		<pubDate>Tue, 20 May 2025 04:11:30 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　先日、敬和の1回生、3名が来校されました。70歳になった記念に母校を訪れるという計画を立てられたそうです。3名のうち2名は県外からです。私が学校の中を案内しましたが、廊下ですれ違う時、多くの生徒が挨拶を [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 12pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　先日、敬和の1回生、3名が来校されました。70歳になった記念に母校を訪れるという計画を立てられたそうです。3名のうち2名は県外からです。私が学校の中を案内しましたが、廊下ですれ違う時、多くの生徒が挨拶をしてくれました。「自由な雰囲気と礼儀正しさのバランスがとれていて良いですね」と生徒をほめてくださいました。<br />　一回生が在学していた当時、校舎といえば現在の「みぎわ館」（女子寮）だけでした。そこに教室と寮が入っていたのです。今では想像できないほど小さな学校でした。チャペルに案内したときはその大きさに驚かれ、思わず歓声をあげました。また卒業生の名前が刻まれた銅板プレートを見て大変喜ばれました。<br />　チャペルにはＯＭホールという部屋があります。初代校長の太田俊雄先生と敬和創立のために大きな働きをされたジョン・モス先生を記念する部屋です。その部屋に入り、柔道着をまとった太田先生やモス先生夫妻の写真を見たとき、三人は懐かしい、と言って感動されていました。部屋を出た後、当時の先生方との思い出を懐かしそうに話してくださいました。<br />　私は1回生のこの訪問をとおして教えられたことがあります。それは、敬和教育の原点にあるのは教師と生徒の人格的交わりだ、ということです。それは生徒同士の絆をも強いものとしました。それが敬和教育を造る土台となったのです。今もこのことは大事にして行かなければならないと思いました。</p><p><br /> <strong>今を生きるために</strong><br />　さて、今年はコロナの制限も解除され四年ぶりに完全なかたちでのフェスティバル（学園祭）が行われました。在校生の保護者、卒業生、オープンスクールに来た中学生や保護者の方たちが集まる姿は2019年以来です。天候にも恵まれ素晴らしい二日間を過ごすことができました。<br />　特に今年は卒業生の来場が解禁となりました。見学に来られた新潟教会の長倉望牧師はそのことに触れて教会の礼拝説教で次のようにお話しされました。<br />　「卒業生はグラウンド周囲のいろいろなところで、目を輝かせ、満面の笑みで、ある人は涙を浮かべながら、駆け寄って再会を喜んでいました。心の底からの笑顔を見ながら、こちらも嬉しくなるとともに、一人一人の中に敬和で仲間と過ごした三年間が、どれほど大きな、大切な時となっているのか、ということを想像させられました。」<br />　さらに長倉先生は、この再会によって敬和を離れた卒業生たちがそれぞれの場所で今を生きるための力を分かち合っているように思う、と言います。<br />　「卒業生たちは、仲間と再会することを通して、自分の原点を確かめ、それを『自分の今を照らし出す光源』とし、生きる力をもう一度分かち合っているように感じられます。それぞれが、今度は敬和ではない世界で生きて行こう、そういう励ましが、フェスティバルに帰ってくる卒業生たちにはあるのではないでしょうか。」<br />　敬和教育を理解してくださっている先生の素晴らしいお話でした。卒業生は自分の原点、光の源を確かめ、今、それぞれが置かれた場所で新たに生きるために母校を訪れるのです。</p><p><br /><strong>希望というハイタッチ</strong><br />　今年のフェスティバルでは新しい企画としてエンディングにおける全校生徒のハイタッチが行われました。グラウンドいっぱいに全校生徒が二重の円をつくり、音楽に合わせて走りながら互いにハイタッチをするものです。みんな楽しそうで、外から見ていた私も思わず輪のなかに加わりたくなってしまいました。夕暮れのグラウンドからは生への賛歌が聞こえてくるようです。<br />　何のためにフェスティバルは行われるのでしょうか。それは私たちがこの世界に生まれ、生きることの喜びを確認するためです。そこに私たちは神様の肯定の言葉を聞くのです。聖書の創世記一章には天地創造が描かれています。神様は最初に光を創造されます。<br />　神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て良しとされた。<br />　これはこの世界を力強く肯定する神様の言葉です。天地創造は大いなるこの肯定の言葉から始まります。フェスティバルという祝祭において私たちは神様のこの肯定の言葉を思い出すのです。それによって新たに生きる力が与えられます。<br />　今も世界では、戦争や災害、事故や病気で苦難の中にある方が数知れずおられます。私たちはそのような方々と共にある学園でありたいと願います。そして常に希望をもって歩む者でありたいと望みます。どのような状況においても神様の大いなる肯定の言葉が世界に響いているからです。これからもその御言葉に支えられて共に歩む学園でありたいと願います。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2023年4月号より「いのちの時間」～56回生 入学祝福礼拝より～</title>
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		<pubDate>Tue, 20 May 2025 03:59:42 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　56回生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は皆さんが、三年後、中三のときの自分の選択は間違っていなかったと、自信をもって言えるような充実した学校生活を送って欲しいと願っています。そのために私たち教 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 12pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　56回生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は皆さんが、三年後、中三のときの自分の選択は間違っていなかったと、自信をもって言えるような充実した学校生活を送って欲しいと願っています。そのために私たち教職員は皆さんを全力で支えたいと思います。<br />　さて、先月、このチャペルにおいて第53回卒業祝福礼拝が行われました。その中で、卒業生代表の方が、次のような言葉を述べました。この方は、母親も敬和の卒業生で、寮生として神奈川県から入学された方です。<br />　「自分は三年前、大きな期待をもって敬和学園に入学した。しかし、コロナのために思っていた高校生活を送ることができなかった。そのために、悩み、落ち込んでいた。その頃、母親から手紙が届いた。そこには、『置かれた場所で咲きなさい。』という言葉が紹介されていた。私は思った。自分が置かれた場所、この敬和学園で精一杯、花を咲かせよう、と。」<br />　その後この卒業生は、誰もが認めるような見事な花を咲かせ、卒業しました。</p><p><strong>自分探し<br /></strong>　私たちは敬和学園を「自分探しの学校」と呼びます。皆さんが置かれた場所、この敬和学園で「自分探し」をしてください。神様があなたをここに招き、導いてくださっているからです。<br />　私は数学の教員ですが、皆さんは中三のとき「三平方の定理」を習ったと思います。直角三角形の斜辺の長さを求める公式です。今から二千五百年前、この公式を発見した古代ギリシアの数学者は驚いたと思います。彼らは宇宙をコスモスとよび、この宇宙はシンプルで美しい数式によって表現できると考えました。<br />　自分を発見すること。私たちの「自分探し」も、これと似ているかもしれません。あなたに発見されることを待っている、まだ見ぬ自分がいるからです。</p><p><strong>新たな出会い<br /></strong>　ところで、三年間のコロナ生活は、私たちに人と直接触れ合うことの大切さを教えてくれました。友だちと楽しく互いに笑うことが、どんなにありがたいことかを知りました。<br />　今、敬和の庭に桜が満開です。私は就職してから30年以上、毎年、その花を見てきました。不思議にそれらは何度、見ても飽きることがありません。その年、その年、新たな訪れを感じさせてくれます。<br />　数学の授業では毎年、一年生の四月に教える内容は、ほとんど変わっていません。「式の展開」、「因数分解」などが中心です。同じ内容ですから、教えることに飽きてもよい筈ですが、不思議と飽きません。それは授業を聞いてくれる生徒が毎年変わり、そこに新しい出会いがあるからです。<br />　しかし、ネット配信される録画された授業の場合はどうでしょうか。たしかに便利な面がたくさんあります。コロナで学校が休校のとき、全国で活用されました。しかし、毎回、オンラインの授業ばかりでは、飽きてしまうのではないでしょうか。<br />　では、対面授業と録画による授業の違いは、どこにあるのでしょう。対面の授業の場合、そこには二度と繰り返すことのない、一度限りの時間が流れています。生徒と教師、お互いの間には、多少の緊張感を伴いながら、共通の時間が流れています。それに対して、一方通行の情報だけが与え続けられると、私たち人間は、飽きてしまいます。<br />　春に咲く花を毎年、見ても飽きないのは、その年、その年、新たな出会いと発見があるからです。人と対面で話して飽きないのは、相手の表情に、私たちは、絶えず、新しい命を感じるからです。その命は、時に、きらきら輝いています。<br /><br /><strong>神の国</strong><br />　では、その輝きはどこから来るのでしょうか。今日の聖書には「神の国」という言葉が出てきます。「神の国は見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなた方の間にあるのだ。』（ルカによる福音書17章20～21節 ）<br />　「あなた方の間に」という言葉が印象的です。「神の国」は、遠く空の彼方にあるのでも、人が死んでから行くようなところでもありません。それは、あなた方の間、つまり、人と人との関係の中、人と人、人と自然、その間に流れる「生き生きとした時間」の中にある、というのです。そこにこそ、私たちの生きる喜び、生きる意味が隠されている。そのように聖書は教えてくれます。<br />　私たちにとって、ここ敬和学園こそが、共に三年間の高校生活を送る場所です。「神の国」はここにあるのです。<br />　56回生の皆さん、そして保護者の皆さま、あらためてご入学おめでとうございます。皆さま、お一人お一人の歩みが、神様に祝福され、恵み豊かなものとなることを心よりお祈りいたします。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2023年2月号より「新しい出発」～53回生 卒業祝福礼拝より～</title>
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		<pubDate>Tue, 20 May 2025 03:47:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　53回生の皆さまの卒業を心よりお祝いいたします。　皆さんの過ごした三年間は、新型コロナ感染症のために、今まで経験したことのない学校生活になりました。入学も休校期間が設けられたために、二か月間、先延ばしに [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　53回生の皆さまの卒業を心よりお祝いいたします。<br />　皆さんの過ごした三年間は、新型コロナ感染症のために、今まで経験したことのない学校生活になりました。入学も休校期間が設けられたために、二か月間、先延ばしになりました。<br />　当初、新型コロナの正体が分からないため、感染を防ぐために、今、思えば過剰なほど三密を避けることが呼びかけられました。それは、人との関わりを大切にしている敬和学園として、大変、厳しい状況でした。<br />　しかし、新型コロナがもたらしたものは悪いことばかりではありません。コロナ禍だからこそ、私たちは日常の大切さに気づかされました。例年ならば、当たり前のこととして行われていたことが、皆の協力によって実施できたとき、それはかけがえのない貴重な経験に感じられました。</p><p><br /><strong>コロナを乗り越えて</strong><br />　53回生の歩んだ三年間はコロナという災いに見舞われながらも、一人ひとりがそれと闘い、精一杯、充実した学校生活を送ろうとする思いにあふれたものでした。この経験は将来、皆さんのなかで必ず大きな花を咲かせるものとなるはずです。<br />　53回生がつくりあげたフェスティバルは素晴らしいものでした。三年ぶりにほぼ完全な形で行われ、幸い天候にも恵まれました。この日のことは全校生徒の胸に刻まれていると思います。<br />　また三年次の沖縄修養会も貴重な経験でした。沖縄での修養会は敬和学園にとって最初のものです。しかも、それがコロナ禍に実施できたことは奇跡のように思えます。<br />　沖縄は、日本で唯一地上戦が行われた場所です。ウクライナでの戦争が続く今、沖縄で平和学習に取り組むことのできた意義は大きいと思います。また、講師やガイドの方のお話しを聞く三年生の姿勢に感銘をうけました。事前学習にしっかり取り組んで参加していること、戦争と平和の問題を自分たちのこととして受け止めていることが伝わってきました。さすがは敬和学園の三年生だと誇らしく思いました。</p><p><br /><strong>人生の土台</strong><br />　昨年10月に行われた「関西敬和の会」での、ある卒業生の言葉を紹介します。その方は敬和学園の12回生で50代後半の方です。Ａさんと呼ばせていただきます。Ａさんは娘さんを敬和に送ってくださり、二年前に卒業されました。敬和の会には親子で参加してくださいました。お父さんは次のように言われました。<br />　「自分は敬和の教育で人間としての土台を築くことができたように思う。だから、大阪から子供を送るのは大変だったけれど、娘を敬和に入れた。土台がしっかりしていれば、たとえ建物が倒壊しても、もう一回、その土台の上に築きなおすことができるからだ。」<br />　このような内容を力強く語ってくださいました。私はその言葉のなかで、「たとえ建物が倒壊しても」という部分に説得力を感じました。Ａさんは阪神淡路大震災を経験されているからです。</p><p><br /><strong>本当の喜び</strong><br />　今、世界は再び、先の見通せない時代を迎えています。ウクライナの戦争は第三次世界大戦への扉を開いてしまった、という専門家もいます。そのような状況のなかで、生徒一人ひとりのなかに揺らぐことのない土台を築くことの重要性をあらためて思わされました。<br />　将来を楽観することは許されません。私たちは、今まで当然のこととして信じていた価値観が根底から崩されるようなことを経験しなければならないかもしれません。<br />　しかし、Ａさんの言われるように、一度、崩れても土台がしっかりしていれば、その上にもう一度、建物を建てることできる。学校では、そのための学びと教育が行われなければならないと、あらためて考えさせられました。<br />　ではそのような土台はどのように築かれるのでしょうか。私は、Ａさんにとって敬和での三年間がとても楽しかったのだと思います。その経験が今も彼を支えている。毎日の学校生活、寮での生活、そこには辛いこともたくさんあったと思います。しかし、それ以上に楽しかったはずです。そこに本当の喜びがあったのです。だから、娘さんにも同じ経験して欲しいと願って入学させてくれました。</p><p><br /><strong>敬神愛人</strong><br />　敬和学園の教育の土台はキリスト教です。建学の精神である敬神愛人は、「心を尽くしてあなたの神を愛し、隣人を自分のように愛しなさい。」という聖書の言葉に基づいています。この御言葉の上に人生という建物を築いてください。先の見通せない不安な時代を生き抜くための知恵と勇気、そして建物が倒れても何度でも建て直すことのできる不屈の精神が、湧き上がる泉のように、皆さんの歩みを導いてくれるはずです。<br />　新たな自分探しの旅を始める皆さんが、この三年間の経験を胸に刻み、希望をもって新たな道に踏み出すことを願います。そして一人ひとりの歩みの上に神様の祝福をお祈りいたします。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年11月号より「沖縄修養会」</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Nov 2022 04:35:33 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　私は三年生の沖縄修養会（3泊4日）に同行しました。直前まで台風の襲来やコロナ感染症によるクラスターの発生が心配されましたが、幸い天候にも恵まれ充実した学びの時を経験できました。　沖縄は77年前、日本で唯 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　私は三年生の沖縄修養会（3泊4日）に同行しました。直前まで台風の襲来やコロナ感染症によるクラスターの発生が心配されましたが、幸い天候にも恵まれ充実した学びの時を経験できました。<br />　沖縄は77年前、日本で唯一、地上戦が行われた場所です。今回は戦争に関係する重要な場所を訪問し、現地の方のお話を聞き、平和について学びました。<br />　現在の基地問題にも触れ、普天間バプテスト教会の神谷武宏牧師からは緑ヶ丘保育園の保護者の方々とともに、子供たちの安全を守るために国を相手に改善を求める活動を続けているお話を聞くことができました。また、美ら海水族館見学、沖縄音楽（唄と三線）や伝統舞踊エイサー鑑賞などその豊かな自然や文化に触れることもできました。 </p><p><strong>命の重さ<br /></strong>　印象に残ったことをいくつか報告します。先ず、三年生のお話を聞く姿勢がしっかりしていたことです。気持ちが重くなるようなところでも、みんな真剣に耳を傾けていました。資料館でも時間が足りなくなるくらい熱心に見ていました。事前学習にしっかり取り組んで参加していることが伝わってきました。さすがは敬和学園の三年生だと思いました。<br />　今回、訪問したなかに「ひめゆり平和記念資料館」があります。アメリカ軍が上陸した年、女学生240名が沖縄陸軍病院に動員され、そのうち136名が亡くなりました。年齢は16歳から18歳です。<br />　資料室の入り口に大きな写真がありました。動員前に撮られた集合写真です。みんな笑顔で、楽しそうに笑っています。希望にあふれた表情をしています。真ん中には校長先生が座り笑顔で写っています。今の高校生と変わりません。<br />　別の部屋には、亡くなられた一人ひとりの写真が壁一面に展示されていました。写真の下には名前とその人の性格、好きなもの、そして亡くなった場所が書かれていました。写真からは女学生たちがどんなに生きたかったことか、その思いが痛切に伝わってきました。写真を見る人に、自分の命を大切にするように、そしてその命を生き抜くようにと、語りかけてくるようでした。<br />　私は自分の母親のことを思い出しました。母は6年前に86歳で亡くなりましたが、終戦の時、15歳でした。この女学生たちと同世代です。もしこの女学生の一人が母だったら、どうだったろうか。私はこの世に生まれていません。<br />　そして、今も世界では戦争やテロで多くの方が亡くなっています。そのことを思うとき、一人ひとりの命の重さに気づかされます。 </p><p><strong>今こそ平和教育を<br /></strong>　言うまでもなく戦争は自然災害ではありません。人間が引き起こしたものです。かつて日本は中国をはじめアジアの国々やアメリカと15年間にわたる戦争をしました。日本は勝ち目がないと分かっていながら戦争をやめることができませんでした。その結果、沖縄の住民をはじめ多くの犠牲者を出しました。結局、広島と長崎に原爆を投下されてようやく無条件降伏を受け入れました。<br />　当時の若者は国のために命をすてることが学校教育によって教えられました。教育の重要性にあらためて気づかされます。ところが、今、日本で平和教育はほとんど行われていません。広島、長崎、沖縄では小学校から熱心に行われていますが、それ以外の地域ではほとんど行われていないのが現実です。<br />　何人かの生徒に、小・中学校で平和教育を受けたことがあるか質問してみました。するとほとんどの生徒は「ない」と答えました。それは今に始まったことではありません。私は栃木県出身ですが、小・中・高等学校で平和教育を受けた記憶がありません。<br />　私が生まれたのは終戦から12年後です。まわりの大人はみな戦争体験者です。戦争中、食べ物が不足して苦労した話はたくさん聞きましたが、戦場で何があったかを語る大人はいませんでした。それは決して触れてはいけないことでした。日本人は戦争の実態と向き合うことをせず、経済復興に邁進します。そして世界の奇跡と言われる高度経済成長を実現しました。一方、学校で平和教育は重視されませんでした。<br />　私自身、平和の問題について学んだのは敬和に就職してからです。修養会での学びや私が所属する新潟教会の礼拝説教や平和集会に参加して少しずつ学んできました。<br />　その意味でも、敬和で行われている平和教育は貴重だと思います。修養会だけではなく毎週の聖書や社会科の授業、英語特講「ヒロシマ碑巡りの旅」など様々な場で取り組んでいます。そして、この混沌として戦争の危機をはらんだ今の世界においてこそ、敬和生が卒業後、社会で「地の塩、世の光」として、平和をつくりだす者として歩んで欲しいと願います。そのための教育にいっそう励む学園でありたいと願います。</p><p><img class="sp100 alignnone wp-image-112800 size-large" src="https://keiwa-h.jp/wp/wp-content/uploads/2022/12/1201_eye-680x453.jpg" alt="1201_eye" width="680" height="453" /><br /><strong>修養会（3年生）沖縄県</strong></p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年8月号より「自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる」</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Aug 2022 04:26:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇私の自慢は生徒です　中学生と保護者がよく学校見学に来られます。応接室でお話しをした後、校内を一緒に歩いて案内します。授業の様子や体育館・チャペルなどを見学します。そのとき私はいつも「生徒を見てください、敬 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p><strong>私の自慢は生徒です<br /></strong>　中学生と保護者がよく学校見学に来られます。応接室でお話しをした後、校内を一緒に歩いて案内します。授業の様子や体育館・チャペルなどを見学します。そのとき私はいつも「生徒を見てください、敬和の一番の自慢は生徒です」と言って案内します。ありのままの生徒の姿や表情を見て欲しいと思うからです。どの生徒も素晴らしい表情を見せてくれます。廊下などですれ違うとき、見学の中学生と分かるとみんな優しく挨拶してくれます。私の自慢は生徒です。</p><p> <strong>隔てるものがない <br /></strong>　敬和学園の敷地に足を運び入れてまず感じるのは、自然豊かな環境のすばらしさです。正門からのゆるい坂道をのぼると正面には大きなプラタナスの樹がたっています。学園の自然は四季を通じてさまざまな表情を見せてくれます。それは敬和の教育に欠かせないものです。敬和学園には自由で開かれた風が吹いています。<br />　敬和学園の特徴の一つは、教師と生徒の間の強い信頼関係です。創立以来、生徒と教師が協力して学園を造ってきたという歴史がこの信頼関係を生みました。今も週一時間「労作」という授業があります。生徒と教師が一緒に農作業や清掃、雪よけなどを行います。共に汗を流すことで絆はいっそう強くなります。</p><p> <strong>土台がある<br /></strong>　敬和学園高等学校はキリスト教の学校です。55年前、新潟市の開港百年記念事業の一環として、市と県の協力を得て創立されました。「新潟にもキリスト教の学校を」というキリスト教会の長年の夢がかなえられたのです。<br />　キリスト教の中心にあるのは神様の愛と正義です。この二つがキリスト教の教えの中心にあります。それは敬和学園の教育の土台になっています。敬和学園の「敬」は神への畏敬（いけい）を、「和」は隣人愛を意味します。<br />　では敬和学園で学んだ生徒には、どのような進路が備えられているのでしょうか。毎年、約半数の生徒が四年制大学に進学します。数多くのキリスト教大学から指定校推薦枠をいただいていますが、その中にはいわゆる難関校も含まれています。多くの生徒が敬和での学びを発展させるために、この推薦制度を利用します。それはこれらの大学が敬和学園高校の教育を高く評価し、豊かな人間性を備えた敬和生のような学生に入学して欲しいと願っているからです。<br />　また敬和学園大学に毎年30名以上が進学します。高校での学びをさらに発展させるために高校・大学が連携して7年一貫教育に取り組んでいます。同じ教育理念に立つ敬和学園大学は、高校にとってもっとも信頼のできる進学先のひとつです。<br />　卒業生に牧師が80名以上いることも大きな特徴です。牧師以外にも教育・福祉・医療関係を中心に敬和の卒業生がたくさん活躍しています。今も全国から敬和の教育を求めて入学してくる生徒がいます。ある大学の先生は「敬和はキリスト教のエリート教育をしている」と言われました。敬和学園には揺らぐことのないキリスト教という土台があるからです。 </p><p><strong>一人ひとりが主人公</strong> <br />　私たちは、生徒一人ひとりが、「人を、自分を好きになって欲しい」、そのような願いをこめて教育に取り組んでいます。人を受け入れ、自分を好きになることは思ったほど簡単なことではありません。<br />　敬和の自由で開かれた校風の中、生徒はその三年間の学びと経験によって、少しずつ変えられて行きます。敬和の生活では、さまざまな機会に相手の存在を認めることの大切さを学びます。自分と合わない人、苦手な人もいるかもしれません。それでも、協力して一つのことをやり遂げることによって、苦手だった人が、かけがえのない存在へと変わっている。そう感じられる瞬間を経験して欲しいと願っています。<br />　敬和学園は学校行事が盛んです。それらは生徒が中心となって作り上げます。やらされるのではなく、自分たちでつくる、だから生徒たちは学校行事の中で、いつも輝いています。<br />　学習についても同じことが言えます。一年生は英語、数学、国語を習熟度別に学習します。2，3年生では個人カリキュラム制を採用し、自分が学びたい科目を選択して時間割をつくります。それによって、生徒の自主的に学ぶ姿勢が引き出されます。他の学校にはないユニークな授業が展開されています。</p><p>　あなたも、この敬和学園で三年間の学校生活を送ってみてはいかがですか。入学を心よりお待ちしています。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年7月号より「教育とイノベーション」</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jul 2022 04:15:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　皆さんは小学校に入学して以来、学校に通い続けています。多くの人にとって学校は長い時間をすごす大切な場所です。ところで学校は何のために作られたのでしょうか。児童・生徒の教育のためです。では教育の目的は何で [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　皆さんは小学校に入学して以来、学校に通い続けています。多くの人にとって学校は長い時間をすごす大切な場所です。ところで学校は何のために作られたのでしょうか。児童・生徒の教育のためです。では教育の目的は何でしょうか。この問いに答えることは簡単ではありません。</p><p>  <strong>教育の目的<br /></strong>　ところで日本の学校は「教育基本法」という法律に基づいて作られています。そして教育基本法の第一条には教育の目的が次のように定められています。<br />　「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」<br />　教育基本法においては、この目的を達成するために五つの教育目標が定められています。私はこの条文の中の「平和で民主的な国家及び社会の形成者」という言葉に注目したいと思います。特に形成者という言葉です。なぜなら私たちが今一度、立ち返るべき内容がここに示されているからです。<br />　形成者とは形づくる人という意味です。ですから日本の学校教育の目的は、平和で民主的な国家及び社会を形成する人を育てること、と定められているのです。<br />　現行の教育基本法は2006六年に改訂されたものですが、この「教育の目的」については1947年に定められた最初の教育基本法とほとんど変わっていません。そのくらい日本にとってこれは重要だからです。1947年とは日本が戦争に敗れてわずか二年後です。もう二度と戦争をしない平和で民主的な国家を造ろうと人々が立ち上がった時期です。その実現のために先ず教育基本法が制定されました。  </p><p><strong>形成よりも適応？<br /></strong>　ところで、今の日本の教育の現状はどうでしょうか。社会の形成者を育てるための教育が行われているでしょうか。社会を形成するというよりも、社会に適応することを目的とする教育が行われていないでしょうか。<br />　つまり自分たちで社会をつくるというよりも、出来上がった社会に上手く適応すること、その中で与えられた役割をそつなくこなすことが求められていないでしょうか。そのため多くの教育現場では社会秩序の維持だけが目標となり、集団の空気を読むこと、同調圧力の強化などが求められています。 </p><p><strong> 未来の社会の形成者たち<br /></strong>　先日のフェスティバルでは、生徒自身が自分たちで考えて、全校が力を合わせて、大きな行事を作り上げることができました。フェスティバル本部を中心に生徒自身が守るべきルールを決め、各連合とやり取りをしながらこの行事は作られました。それは平和で民主的な社会の縮図のようです。私は敬和生の中に「未来の社会の形成者たち」を見る思いがしました。その姿はどれもまぶしいほどに輝いています。 </p><p> <strong>イノベーション<br /></strong>　先日、私は三条市立大学の学長アハメド・シャハリアル先生のお話しを聞く機会がありました。三条市立大学は新潟県三条市に二年前にできた大学です。学長のアハメド先生はバングラディシュの出身で現在五五歳です。幼いころ日本の技術者を見て、かっこいいと思い、自分も技術者になろうと決意しました。日本の大学に留学し、日本で研究生活を続け、人工心臓の開発では国際的な賞も受賞されています。当然、日本語はぺらぺらです。<br />　お話しのなかで先生は、日本社会がこの20年間、様々な面で停滞していることをＧＤＰの推移など多くのデータによって示してくださいました。科学技術もかつてのように世界をリードするような発明・発見が日本から生まれていない、新型コロナのワクチンも日本は作ることができなかった、それは日本には技術力はあったがイノベーションを生むことができなかったからだ、と残念そうに言われました。そのため日本経済は停滞したのです。<br />　多くの教育現場では、社会を形成することよりも、社会に適応することが強く求められている、と記しましたが、このことと日本社会の停滞とは無関係ではありません。教育現場においてもイノベーションが必要です。社会を形成するとは、社会をイノベート（刷新）して行くことです。そして学校とは、平和で民主的な社会の形成者を育てる場所だからです。<br />　ではどのようにしてイノベーションは生まれるのでしょうか。知識や技術だけでは生まれません。心を揺さぶるような感動が人や社会を変えることができるのです。それは人間に対する愛と共感によってもたらされます。<br />　敬和学園はそのようなイノベーションを日々、引き起こす学校でありたいと願います。そのためには、私たちが<strong>「知る力と見抜く力とを身に着けて、お互いへの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」</strong>なること、そのことが求められています。（フィリピの信徒への手紙1章9～10節）。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年4月号より「いのちの泉 ～入学祝福礼拝より～」</title>
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		<pubDate>Sat, 30 Apr 2022 07:43:04 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　55回生の皆さん、ご入学おめでとうございます。今日はこのようにして、入学祝福礼拝を行うことのできることを、大変、嬉しく思います。初めに、この三月に卒業した皆さんの先輩が残した卒業文集から紹介したいと思い [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　55回生の皆さん、ご入学おめでとうございます。今日はこのようにして、入学祝福礼拝を行うことのできることを、大変、嬉しく思います。初めに、この三月に卒業した皆さんの先輩が残した卒業文集から紹介したいと思います。これから高校生活を始めようとする皆さんにとって、参考になることがあると思うからです。</p><p><strong>変えられた自分</strong><br />　ある男子・通学生の文章ですが、次のように始まります。<br /><br /> 「三年前の春、良い大学に行くという野望だけを抱え、私は敬和学園高校に入学しました。第一志望の高校に落ちて敬和に来た私は、入学した喜びや敬和での楽しみなど持たず、ただ三年間勉強だけに時間を費やそうと考えていました。その頃の私は、入学式の日に母から記念写真を撮ろうと言われても、めでたいことではないと考え、撮らずに家に帰るほど、やさぐれていました。」<br /><br /> 　彼の高校生活の始まりはこのように、かなり否定的なものでした。ですから、もちろん自分から人と関わろうとはしません。ところが、無理やり彼を人の輪の中に入れようとする友達ができます。その友達のおかげで少しずつ友達ができ、学校が楽しくなったと言います。そして文集の後半では次のように書いています。<br /><br /> 「私が敬和に来て変わったことは、人の長所と同じくらい短所を愛せるようになったことです。相手に嫌な部分があったとしても、共に過ごす日々の中でそれを超える良さがあることに気づき、嫌な部分も含めてその人は『良い人』なのだと思えるようになりました。」</p><p>　人間的な成長を感じさせる言葉です。さらに次のように続けます。<br /><br /> 「それと同時に、自分自身の嫌なところを受け入れ、私という存在を大切にすることができるようになりました。」<br /><br /> 　そして文集の最後を次のような言葉で締めくくっています。<br /><br /> 「入学式のときは記念写真を撮らずに終わったけれど、今の私なら最後の記念写真を最高の笑顔で撮れると思います。」<br /><br /> 　敬和学園は自分探しの学校とよばれます。彼が三年間、どのような自分探しをして来たかが伝わってきます。</p><p><strong>愛を学ぶ</strong><br />　キリスト教では、自分の好き嫌いを超えて、相手の人格を認め、大切にすることを「愛」とよびます。それは自分の好き嫌いという枠を超えて、相手をかけがえのない、共に生きる者として受け入れることです。そして人を愛することができるとき、同じようにありのままの自分を受け入れ、自分を肯定することができます。これから始まる敬和の三年間が、皆さん一人ひとりにとって、この「愛」について学ぶ三年間であって欲しいと願います。</p><p><strong>泉をもとめて</strong><br />　聖書には「命の泉」について記されています。自分探しとは、この「命の泉」を求める旅です。では、命とは何でしょう。人や生き物には命があります。草や花、樹木にも命があります。では、空や星、風や光には命がないのでしょうか。たしかに生物的な命はないかもしれません。しかしそれらにも私たちは命を感じることがあります。他にもさまざまなところで、私たちは命に出会います。<br /> 　皆さんは「人の住まなくなった家は、いたむのが早い」と言われるのを聞いたことがないでしょうか。実際、空き家になった家は予想を上回る速さで荒れて行きます。家から命が消えたように荒れて行きます。しかし再びそこに人が帰ってきて生活し始めると、活気が戻ってきます。皆さんも部屋を片付けたり、庭の草取りや花など植えて手入れすると、家や庭の表情が、生き生きしてくるのを経験したことがあると思います。<br /> 　考えてみればこれは不思議なことです。自然に放置すれば家は荒れてしまう。しかし人が住み始めると家に活気が戻ってくる。これこそが命の働きです。そしてこの命の働きこそが、この世界に秩序と意味を与えてくれるのです。ですから、「命の泉」とは、私たちに生きる喜びを、そしてこの世界に意味と輝きを与えてくれるものです。ではこの命はどこから来るのでしょうか。<br /> 　イエスは言われます。<strong>「この水を飲むものはだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」（ヨハネによる福音書4章13～14節）</strong><br /> 　私は、敬和の三年間の学びをとおして、皆さんにこのイエスが与えてくださる水、命の水に出会って欲しいと思います。それは皆さんのなかで泉となって湧きあがり、その命を守り、皆さんの人生を絶えることなく輝かせてくれるはずだからです。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年3月号より「日常のかがやきと希望」</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Mar 2022 07:35:17 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　52回生の皆さまの卒業を心よりお祝いいたします。皆さんの過ごした三年間は、新型コロナ感染症のために、今まで経験したことのない学校生活になりました。感染を防ぐために、三密を避けることが絶えず呼びかけられま [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　52回生の皆さまの卒業を心よりお祝いいたします。皆さんの過ごした三年間は、新型コロナ感染症のために、今まで経験したことのない学校生活になりました。感染を防ぐために、三密を避けることが絶えず呼びかけられました。2年生に進級したときも、三か月の休校期間が設けられ、新入生との出会いは先延ばしになりました。休校期間が明けて学校が再開したときは、寮生と通学生との分散登校になり、久しぶりに会えた仲間とも距離をとらなくてはいけませんでした。それは、人との関わりを大切にしている敬和学園として、大変、厳しい状況でした。<br /> 　しかし、新型コロナがもたらしたものは悪いことばかりではありません。コロナ禍だからこそ、私たちは日常の大切さに気付かされました。人と会って話をしたり、一緒に食事したり遊んだりすることが、こんなに大切なことなのかと教えられました。<br /> 　例年ならば、当たり前のこととして行われていた学校行事も、感染対策によって実施できたときは、特別、貴重な経験に感じられました。52回生がつくりあげたフェスティバルは素晴らしいものでした。幸い天候にも恵まれ、エンディングでは学校全体が一つになるのを感じました。この日のことは全校生徒の心に刻まれていると思います。</p><p><strong>日常の大切さ<br /></strong>　コロナのために、自分たちは特別なことは何もできなった、と思う人もいるかもしれません。しかしそれは違います。こうして卒業の日を迎えることができたのです。今日の日を迎えるまで、皆さんはそれぞれが人知れず、毎日小さな闘いを闘ってきたはずです。<br /> 　何のための闘いでしょうか。普通に生活するための闘いです。普通の生活とは、私たちの日常のことです。日常の生活それ自体が価値のある、輝いている時間なのです。そのためにそれぞれが、このコロナ禍の中で小さな闘いを闘ってきました。この経験は近い将来、コロナが収束し日常がもどったとき、皆さんのなかで必ず大きな花を咲かせるものとなるはずです。<strong><br /></strong></p><p><strong>日本人と学び</strong><br />　ところで、日本人は学ぶときには大きな力を発揮するが、現状に満足し学ぶことをやめるときに失敗を犯すと言われます。<br /> 　かつて昭和の指導者たちは遅れたアジアの国々を教え、導くと称して戦争を始めました。彼らからは、明治の指導者たちのような学ぶ姿勢が失われてしまっていたのです。<br /> 　1945年の敗戦を機に、日本人はそれまでのあり方を反省し、再び学ぶことに熱心になりました。二度と戦争を行わない、平和な民主主義国家を作るために、人々は立ち上がりました。そのときの思いは当時制定された、日本国憲法、教育基本法の条文に表現されています。<br /> 　今年で戦後七七年になります。もちろん様々な失敗や破れはたくさんありました。しかし幸い、日本は決定的に大きな過ちは犯してはいないと思います。それは敗戦の焼け野原から、新しい国を造ろうとして立ち上がった、多くの人々の学びとそれに続く人たちの努力があってのことです。<br />　だからと言って、このままでよいということではありません。皆さんが巣立ちゆく社会は、今までにないほど分断と格差が拡がり、気候変動など様々な環境問題があります。最近の異常気象は誰の目にも明らかで、このままでは取り返しがつかない状況になることは明白です。<br /> 　先進国を中心に、豊かな暮らしを求め、国民総生産を増大させていく中で、経済的格差が拡がり、それとともに地球環境に大きな負荷を与え続けた結果です。しかもその被害は先進国ではなく、貧しい途上国の人々を襲っています。</p><p><strong>コロナ後の世界と希望</strong><br />　私たちは、今、再び学ばなければならない時を迎えているのだと思います。かつてのようにアメリカやヨーロッパから学ぶだけではなく、アジアやアフリカ、イスラムの国々からも学ばなければなりません。<br /> 　また大人たちからだけではなく、幼い子供たちの生き方や感性からも学ばなければなりません。さらに人間だけではなく、この同じ地球に人類よりはるか昔から生きてきた、他の生き物たちの生態からも学ばなければなりません。そこには、持続可能な生き方のヒントがたくさん隠されているはずだからです。<br /> 　敬和を巣立ってゆく、52回生の皆さんはコロナを経験し日常の大切さを学びました。コロナ後の世界には必ず新しい風が吹きます。それは可能性に満ちた時代でもあります。皆さんがそれぞれの場において、学びを深め、この世界の一隅を照らす、希望の光となって欲しいと願います。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2022年1月号より「りんごの木を植える」</title>
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		<pubDate>Sun, 30 Jan 2022 07:23:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　先日、敬和の一月入試が行われました。その日は朝から大雪でした。私は七時半ころに出勤したのですが入試労作の生徒が、一生懸命、受験生のためにチャペル前の雪除けをしていました。他にも駐車場係、受付や誘導の人も [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　先日、敬和の一月入試が行われました。その日は朝から大雪でした。私は七時半ころに出勤したのですが入試労作の生徒が、一生懸命、受験生のためにチャペル前の雪除けをしていました。他にも駐車場係、受付や誘導の人も準備を始めていました。受験生のために何かをしようと思って集まった人たちで、全員がボランティアです。<br />　おそらく彼らは、自分が受験した時、入試労作をしてくれた先輩に親切にしてもらい、励ましてもらったのだと思います。今度は、自分が受験生のために働こう、そう思って参加してくれたのです。今回の受験生の中からも必ず、一年後、二年後、入試労作をしよう、そう思う人が出て来るはずです。こうして敬和の良い伝統は、先輩から後輩へと受け継がれて行くのだと思いました。</p><p><strong>未来と希望のために<br /></strong>　敬和の入試は、まず礼拝から始まります。敬和学園がどんな時にも礼拝を守り続けることの意味について、ある言葉を紹介してお話ししました。<br /><br /> 「たとえ明日、世界が滅びるとも、<br />　わたしは今日、リンゴの木を植える。」<strong><br /><br /></strong>　これは、500年ほど前、ドイツで宗教改革を行ったマルチン・ルターの言葉として伝えられているものです。明日、世界が滅びるならば、普通は絶望するか、やけになって好き放題するかのいずれかです。ところが、今日、私はリンゴの木を植える、と言うのです。<br />　おそらくリンゴの若木です。では、なぜ、植えるのでしょうか。未来のためです。「もう未来はない」と言うのに、どうして、今日、植えるのでしょうか。それは神様を信じるからです。神様の愛を信じるからです。<br />　敬和の礼拝も同じです。どんなときにも、今日、私たちは礼拝をささげます。それは、敬和生一人ひとりの未来と希望のため、そして、私たちが神様の愛を信じるからです。これが敬和学園の教育であり、敬和学園の信仰です。</p><p><strong>リンゴの木を植える<br /></strong>　原崎百子さんという方の遺稿集「わが涙よ　わが歌となれ」（新教出版社）の中の文章を紹介したいと思います。原崎さんは、悪性のガンのために夫と四人の子どもを残して43歳で亡くなった方です。亡くなる一か月半ほど前に、夫から病名を告知されました。<br />　彼女はノートを用意して自分の気持ちを書き残しました。そのノートに次のような文章が書かれていました。<br />「それでもやはり私はリンゴの木を植える。昨日、『明日やろう』と決めたこと、息子の二郎と忠雄の勉強の相手をすることを、やっぱりやりましょう。」<br />　ガンを告知される前の日に決めたこと、つまり、子どもたちが学校から帰ってきたら勉強の相手をすること、そのことをやっぱりやりましょう、と決心したというのです。それは原崎さんにとって、リンゴの木を植える、ということでした。愛する人たちを残して一人逝くことは、悲しく不安であったに違いありません。<br />　にもかかわらず、学校から帰ってきた子どもたちの勉強の相手をしよう、と決めます。それは、子どもたちの未来を信じ、この世にある限り、最後まで自分がやるべきことを続けようという決心でした。告知後、20日目のノートには次のような短い詩が記されていました。 </p><p>　主よ、感謝いたします。<br />　あなたの一日は千年にもまさり、<br />　この20日間は<br />　私の半生に匹敵いたします。<br />　主よ、<br />　あなたに全く信頼させてください。 </p><p>　家族と過ごした20日間が、原崎さんにとって、どんなに愛おしく、大切な時間であったかが想像されます。</p><p><strong>神様の愛<br /></strong>　このような未来への信頼と希望はどこから来るのでしょうか。それは、この世界を超えた存在である神様の愛を信じることによって与えられます。<br />　<strong>「信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分ります。」（ヘブライ人への手紙11章3節）</strong><br />　私たちの目に見えているこの世界はいつか滅びます。しかし、神様の言葉は永遠に立つ。そのことを信じて歩むとき、大きな希望が与えられます。<br />　今、世界は大きな不安の中にあります。新型コロナ（オミクロン）、自然災害、無差別殺人など数え上げればきりがありません。誰もが世界の終わりを感じ、絶望に陥りそうになります。しかし、そのような中にあっても、希望をもって神様の光の中を歩む私たちでありたいと願います。そして未来を生きる若者たちのために、今、自分たちにできることを、それがたとえ小さなことであっても、行い続ける者でありたいと願います。</p>]]></content:encoded>
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		<title>2021年11月号より「イエスの少年時代」</title>
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		<pubDate>Fri, 26 Nov 2021 06:56:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[月刊敬和新聞]]></category>

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		<description><![CDATA[校長　小田中 肇　皆さんが、初めて文字を読めるようになったのは何歳のころでしょうか。始めは、ひらがなから覚えたと思います。私は、あまりに昔のことなので、「いつ」とはっきり言うことはできませんが、小学校に上がる、少し前に、 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 14pt;">校長　小田中 肇</span></p><p>　皆さんが、初めて文字を読めるようになったのは何歳のころでしょうか。始めは、ひらがなから覚えたと思います。私は、あまりに昔のことなので、「いつ」とはっきり言うことはできませんが、小学校に上がる、少し前に、母から、ひらがなの書いてある、積み木で習ったような気がします。その頃は、一つひとつのことを、自分でできるようになるのが、純粋に楽しかったのをおぼえています。 </p><p><strong>少年イエス<br /></strong>　聖書にはイエスの少年時代の出来事を伝えるものがあります。イエスが12歳になったとき、イエスの家族は、親戚の人たちと一緒に祭りに参加するため、エルサレムの都に上ります。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスだけは、エルサレムに残りますが、両親はそれに気づきません。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまいます。それから、親類や知人の間を探し回りますが、見つかりません。捜しながらエルサレムに引き返しました。<br />　3日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしているのを見つけます。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いた。このようなお話です。12歳のイエスが、いかに賢い少年であったか、そして、家族から離れて別行動にでるなど、自立への芽生えも感じさせてくれるお話です。</p><p><strong>完成された子供<br /></strong>　このお話を読むとき、私は以前、学習塾に勤めていた時に出会った子供たちを思い出します。そこは中学受験を目標にした小学校5、6年生を中心にした塾でした。勤務して2年目、成績が特によい生徒を集めた、小5のクラスを担当することになりました。そこで私は子供たちの優秀さに驚きました。11歳から12歳の子供が、方程式を用いずに、算数の難しい応用問題を解いて行きます。問題を解く力もすごいと思いましたが、それ以上に、彼らのもつ素直な明るさ、そして問題を考えるときの、子供とは思えない落ち着いた態度に驚きました。<br />　今になって思うと、彼らが見せたのは、完成された子供の姿です。子供時代が終わり、青年期を迎える前の一時期、人は完成された子供の姿を示します。その現れ方は、人によって違いますが、誰もが、そういう時期をもつのではないでしょうか。この時期の子供は、透明感あふれる、生き生きとした姿を見せるのです。世の中のことも、子供なりに理解し、時には、大人以上の深い洞察力を示すこともあります。そして未来に対する、明るい予感と期待でいっぱいです。少年イエスの賢さも、この年齢特有のものに思えます。</p><p><strong>青春の試練<br /></strong>　しかし、残念ながらこのような時期は、長くは続きません。必ず終わりが来ます。精神的にも、肉体的にも、人はいつまでも、子供ではいられないからです。それが、今、高校生の皆さんが、その真っ只中にいる思春期という時期です。そこでは、子供の明るい透明感は失われています。それは一度、失われなければなりません。大人になるために、もう一度、今度は、実際の経験をとおして学び直さなければならないからです。それは、子供が新しいことを習うことよりも、はるかに苦しく厳しいことかもしれません。<br />　若者が乗り越えなければならない試練ですが、それは自分ひとりの力で乗り越えられるものではありません。そのくらい大変なことだからです。辛いときには、ぜひ、家族や友達、学校の先生や信頼できる大人の人、そういう人たちを頼ってください。昔から、人々はお互いに支え合うことによって、この思春期の苦しい時期を乗り越えてきました。<br />　そして、この時期をどのように過ごすかが、その人の、その後の人生に大きな影響を与えます。ですから、皆さんが、今、生きている、かけがえのないこの青春の日々を、大切に生きて欲しいと思います。</p><p><strong>イエスの愛<br /></strong>　聖書のお話にもどります。イエスが宣教活動を始めたのは30歳頃と言われています。12歳の時に示した、目の覚めるような賢さも、花が散るように、いったんは失われました。しかしその後、さまざまな経験と学びを重ね、イエスには決して失われることのない、本当の智恵と勇気が授けられました。それは神に仕え、愛をもって隣人に仕えるという生き方です。<br />　一度は失われた、子供時代の賢さが、人と神に対する揺らぐことのない「愛」に形を変えて、イエスのもとに戻ってきたのです。その後のイエスの活動は、新約聖書に詳しく伝えられています。イエスは、神様と人への愛を、十字架における死にいたるまで実践し、人々から、世の救い主と呼ばれます。<br />　その恵みをおぼえて、私たちも勇気をもって共に歩む者でありたいと願います。</p>]]></content:encoded>
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