今日のランチ

今日のランチ

2018/05/28

今日のランチ(2018.5.28)

麻婆丼・ワンタンスープ・牛乳・ぶどうゼリー

0528

 

 「西へ行くがいい、お前さんの求めるものがある」占いの老婆がニヤリと笑った。

 ここは中国上海の路上。怪しげな露天商と、たくさんの車、スリのプロたちの交差する大通り。ほこりは立ち、ごみは転がり、行き交う人々の熱気が溢れる。

 「あんた、なにか大きなものを失ったね。それを探しにきたんだろう」老婆が続ける。

 失ったもの、そう俺は全てを失ったのだ。勤めた会社は不正が発覚し倒産。恋人には逃げられ、大事にしていた金魚も死んだ。全てが空白になり、錯乱したのだ。そうでなければこんな衝動に任せて中国までくるわけが無い。なぜあれほど会社に忠誠を誓っていたのか。今となってはすべてがあほらしい。

 老婆に金を渡すと、席を立った。日差しが強烈だ。しかしほこりのせいで視界が悪い。通りを真っ直ぐ行けば西だ。俺は歩きだした。

 中国はこの十五年くらいですっかり様変わりした。高層ビルとネオン街。ビジネスエリートたちが闊歩する。一方で貧しき人々はそのまま、その日を懸命に生きている。どちらにせよ、成長の熱気がここにある。あたらしい何かが生まれるエネルギーだ。くらべて俺はどうだ。中国の夜明けに比べればまさに斜陽の人間だ。いや、それどころか日は完全に没し、夜の闇を歩いているではないか。

 やがて一軒の食堂にたどり着いた。看板にうっすら「友愛館」の字が見える。相当雨風にさらされたのか、ペンキが剥げていた。ここで昼を食べよう。薄暗い中に入り、麻婆丼を注文した。運ばれてきたそれは、まさに溶岩のように真っ赤に煮え立っていた。しまった、これは手ごわそうだぞ。しかし今さら後に引けない。シャツの腕をまくり、覚悟を決め、スプーンで口へ運ぶ。まず脳天を直撃するのは花椒の刺激、そして唐辛子の辛さがやってくる。なによりも熱い、喉元を過ぎても胃の中で燃えるようだ。水など飲んだら逆効果。ひたすら食べ進める。汗が滝のように吹き出る、涙で風景が二重になる。口から火が出て、全身の毛穴が開いていく。なにをこんなに意地になっているんだ。こんな性格だったか俺は。しかし、親の敵でもとるように食らいつく。体の奥底に燃える、底知れぬエネルギーに突き動かされながら。

 完食。スプーンを置き、水を飲むと店を出た。体から汗を出しつくし、奇妙な爽快感がある。日差しは相変わらずまぶしい。しかしおなじものを体内から感じる。内なる夜に、太陽が再び昇り始めていた。俺は深呼吸をすると、東に向かって歩きだした。

(M.M)