自分探しの敬和学園で 人を、自分を、好きになる。
2017/07/25
先週のことですが、2つの場所である言葉に出会いました。
それは「暮らし・生活」という言葉です。
学校の会議で夏休み直前の生徒会デーの取り組みが報告・提案されました。
その一つに図書館で処分することになる雑誌や本を買ってもらって、それを献金として必要とされる場所に送りたいがありました。
私が関心を持ったのは、雑誌の中に「暮らしの手帖」が入っていたことです。
しばらく前のNHKの朝ドラ「トト姉ちゃん」は暮らしの手帖にかかわった人たちの物語でした。
暮らしの手帖は名前の通り、平和に豊かに暮らす生活するための知恵が紹介されている雑誌です。
メイン記事に商品テストがあります。
例えば電機メーカーの冷蔵庫や洗濯機を実際に使ってみて、その耐久性や性能を、時間をかけてテストしてその結果を発表します。
時にはそれらの製品について、厳しいテスト結果が公表されることもあります。
多くの人が当たりに持っているスマホも商品テストを行われているかも知れません。
落としたりぶつけたりを繰り返すことによって耐久性を調べ、液晶画面に傷がすぐにつくかつかないか、タッチパネルの反応にバラつきがないか、イヤホンのジャックがグラグラしないか、そうした比較を徹底的に行って結果を雑誌に載せるわけです。
暮らしの手帖の商品テストの確かさは折り紙付きですから、評価されるか、されないかは売り上げに響きます。
時には生活に必要がないものといった結果が載ることがあります。
スマホも、それほど必要のないものとの評価が出されるかもしれません。
もう一つの場面は先週にあった研修会です。
講師として来られたのが70歳になる大学の先生です。
専門は環境雪氷学です。
ゆきこおりと書いて雪氷学です。
上越高田出身の先生が地元新潟でよく知られているのは、若い時にエベレスト・チョモランマに登頂されたことと、そしてもう一つは南極にある日本の昭和基地で越冬隊員として生活されたことです。
南極の昭和基地ではずいぶん前から調査研究が続けられています。
自然や環境の変化を調べるためには長い時間がかかります。
だいたい30年分くらいのデータが必要だそうです。
長年の研究成果の一つにフロンガスとオゾンホールの関係があります。
1930年代に作られたフロンはものを冷やせる夢の冷媒といわれてきました。
そこで冷蔵庫やエアコンの冷却やスプレーガスに使われてきました。
ところが、このフロンが地球温暖化の大きな原因になっているオゾン層の破壊をしていることを突き止めたのが、日本の南極観測隊だそうです。
そうした重要な研究調査をしているわけですが、南極で一人の人が何年もいることは肉体的にも精神的にムリなので、だいたい1年と決まっています。
その1年も辛抱できない人もいるとのことです。
それをみなさんに重ねると、わかりやすいかもしれません。
49回生、50回生、これから続く学校生活を考えたら、長く思えて自分には辛抱できない、やる自信のないと思う人いると思います。
卒業が8ヶ月後にやってくる3年生にはそんな心配をする人ほとんどいないでしょう。
それは敬和学園でのゴールがイメージできるからです。
残りの学校生活をもっと楽しもうと、そういう心境の人多くいるはずです。
先生は南極で調査研究をするためには、何より暮らし・生活を楽しむことが大切だといわれました。
その生活というのは不便で不自由なものです。
不便さと不自由さを楽しむことによって、つまり積極的に受け止め考えることによって、それからの研究のエネルギーをもらうことができるとのことです。
生活がその人をいい意味で変えてくれるのです。
そのことをズバリいったのがペスタロッチという人です。
ペスタロッチ考え方を敬和学園は学校を作る時のベースにしました。
ペスタロッチは次のようにいいました。
「私たちがさまざまな人と手をつないで協同する暮らし、この暮らし・生活こそが人間を変える」。
暮らし・生活こそが人間を変える、という言葉は敬和学園の教育と重なります。
卒業生と話していて、彼らがよくいう言葉に「自分は敬和で変わった」があります。その場合、何か劇的な出会いがあった、ということはまずありません。
何か特別な出来事があったということではありません。
それでは敬和学園の何によっていい意味で変わったのでしょうか。
敬和学園で当たり前に使われている言葉でいえば敬和生活です。
3年間の敬和生活で自分は変えられたというのです。
他の高校で学校の名前を生活という言葉の前につけることはまずしません。
○○高校の生徒が自分の高校生活を○○生活とは表現しないでしょう。
高校は勉強する場所、部活をする場所であって、生活をする場所とは考えていないからです。
他の高校でも部活などの関係から寮生活をしている人たちはたくさんいます。
でもそれはあくまで寮生活であって、学校の名前を付けて○○生活とは呼びません。
敬和学園には暮らし・生活があるのです。
その生活の場に身を置くことによって大きく変化していけるのです。
敬和生活に何か特別なことがあるとしたら、それは一日を聖書に触れる、つまり礼拝から始めることです。
礼拝を通して一人になり自分や社会を考えることから一日の暮らしが始まります。
その積み重ねが自分に変化をもたらすのです。
今週末からアメリカ海外教室に出かける人たちがいます。
参加の理由は違いますが、共通する思いは自分を成長させたいということでしょう。
ホームステイ、まさに違う文化の中での生活です。
そこで実行してもらいたいのが、一日を聖書の言葉に触れることから始めることです。
朝目が覚めたら、たとえ1行で聖書の言葉に触れてください。
まだもう少し参加者に余裕のある5泊6日の敬和キャンプもまた朝の礼拝から一日が始まります。
敬和キャンプはまさに聖書の言葉から始まる6日間の共同生活です。
このキャンプによって大きく変わる自分に出会うことになった人がたくさんいます。
変わりたい、変えたいとの思いを心のどこかに持っている49回生、50回生は思い切って参加してください。
ここにいる私たちすべてにいえること、まずは夏休み前の敬和生活にしっかり取り組むことです。