月刊敬和新聞

2016年4月号より「歩くことから世界が拡がる」

小西二巳夫(校長)

インターネットゲーム イングレス
 イングレスは今世界で最も参加者が多いインターネットゲームです。イングレスは他のオンラインゲームと決定的に違う点があります。他のゲームはポイントをとるためにモニターの前に座ったままですが、イングレスは実際に自分の足で歩いて外に出かけなければならないのです。イングレスを始めて、それまで腰痛のためにほとんど外出しなかった人がいつの間にか一日に4㎞以上歩くようになったそうです。家の中に人目を避けるように生活していた中学生が、ポイントを取るために外出するようになり、やがて台湾などの外国にも出かけるようになりました。ポイントに早く着きたいと、あるいは遠くのポイントに行くために車や飛行機を使うこともあるのですが、イングレスが認識するのはあくまで人の足で歩く速さです。不思議なものです。自分の足で歩くと、見えていなかったものが見えるようになります。そして自分の周りの世界がどんどん拡がっていくのです。 

アドベンチャーレーサーの田中陽希さん
 「グレートトラバース日本百名山一筆書き踏破」というテレビ番組があります。アドベンチャーレーサーの田中陽希さんが南は九州屋久島の宮之浦岳から北海道利尻島の利尻岳までの100の山を登るために、2,700㎞を一切の交通機関を使わず、自分の足だけで歩いて制覇するという番組です。208日目に最後の山である利尻岳に登った後のインタビューで、田中さんは「自分の足で歩くことは楽しい。一歩ずつ前に進んで行けば目標に到達できることがわかる。歩くことによってたくさんの出会いを体験ができた。しんどくてもうだめだと思うことは何度もあった。でも不思議なことにその度に励まされることが用意されていた。応援してくれる人の声を聞いた。時には一緒に歩いてくれる人がいた。差し入れを持って待っていてくれる人がいた。そこに咲いている小さな花に何度も励まされた」と話されました。それらはすべて自分の足で歩くことから実現する出会いです。 

2年生オリエンテーションデー
 一年生が入学祝福礼拝直後のオリエンテーションキャンプに出かけている2日間に、2年生と3年生は新年度の授業や進路を視野に入れた取り組みの確認をするカリキュラムデー(カリデー)があります。さらに生活全般の過ごし方を考えるオリエンテーションデー(オリデー)を行います。敬和学園は2年生になる際にクラス替えをします。人間関係を固定化しないで、一年間一緒に学んだことをベースに自分の世界を拡げてもらうためです。とは言うものの新しいクラス内には緊張感があふれます。そこでオリデーのプログラムにしばしば取り入れられるのがウォーキングです。今年の2年生(48回生)も阿賀野川沿いのコース一5㎞を歩きました。一緒に歩くことによって新しいクラスメートとの間にある緊張感が少しずつ親近感に変わっていきます。一緒に歩くということは同じ方向を見ることになります。新しいクラスのメンバーで共に歩くことによって、自分の生きる世界を拡げることができるのです。 

せかずあわてず歩いていく
 歩くことに例えると、一般的には学習と成績でできる限り早く前に進むこと、目標を達成することを求めます。歩くよりスピードをあげて走るような学校生活をすることがいいと考えます。それができる生徒が評価されます。けれど速く走ろうとすると何も考えられなくなります。周りが見えなくなります。それでは学校本来の目的である学ぶ楽しさとは出会えません。敬和学園はそうした高校生活を一人ひとりに過ごしてほしいとは思いません。自分に合った速さとリズムで歩いてほしいのです。それはその人が自分自身で物事を深く考えるようになる速さであり、学ぶことが楽しいと実感できる速さだからです。さらに人生にかかわる出会いが起こる速さだからです。速く走ると呼吸が乱れて息苦しくなります。それでは安心した学校生活は過ごせません。安心した学校生活がその人を一番大きく成長させてくれます。それが結果的に一番早く成長することでもあるのです。それがわかっているので早く早くとせかすことをしません。新しい年度もせかずあわてず共に一歩ずつ歩いていこうと思います。